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江川紹子の「事件ウオッチ」第86回

【記者会見の質問で安倍官邸が東京新聞に抗議】マスコミは的外れな言いがかりになぜ反論しないのか

文=江川紹子/ジャーナリスト

 その取材スタイルについて、人々がさまざまな論評を交わすのは自由だし、記者会見での質問はどうあるべきかについて論争が行われるのもいいと思う。

 ただ、首相官邸という権力機関が的外れな言いがかりをつけて、新聞社に圧力をかけることは、それとは次元が異なる問題だ。

 政権がメディアに圧力をかけることで、嫌いな記者の活動を制約するようなことを許しているならば、仮に政権が変わった時にどうなるか。逆の立場で同じことが繰り返されるだろう。そんなことにならないよう、報道の自由は、立場や好き嫌いの感情を超えて、守らなければならない。

 解せないのは、日頃、与党や政権による報道機関への圧力や介入を紙面で批判的に報じている東京新聞が、なんの反応も示していないことだ。本来なら、いち早くこの文書を公開し、「未確定な事実や単なる推測に基づく」質問などではなかったと、反論すべきところだろう。それが、気味が悪いほど沈黙している。一読者として問い合わせてみたが、「担当部署の判断」というだけで、なんの理由も教えてもらえなかった。

 今回の出来事が明らかになったのは、産経新聞が9月2日付紙面で「官邸報道室、東京新聞を注意『不適切質問で国民に誤解』」という見出しで、これを報じたためだ。同紙の記事は、報道室の文書の内容のみを伝える一方的なものだったが、その後、民進党の衆院議員が入手した文書をネットで公開。この話題はネットで一挙に広まった。

 しかしマスメディアでは、9月9日付朝日新聞が、前日の官房長官記者会見でネットメディアの記者がこの話題を出したことについて、ベタ記事で取り上げただけで、ほとんど無視されている。

ライバル局・CNNを擁護しトランプ氏を批判したFOXニュース

 私は、特定メディアが権力の標的になった時、他メディアのそっけない態度が、前から気になってしかたがない。当該メディアも、自社のことがニュースのネタになるのは恥だと思うのか、積極的に事実を明らかにして、他メディアや人々の支援を取り付けるべく働き掛けたりしない。

 たとえば、2013年の参議院選挙直前に、自民党がTBSを取材拒否した時。ニュース番組で、いくつかの重要法案を残して国会が閉幕したことへの批判的な意見が紹介されていたことで、自民党は「廃案の責任が全て与党側にあると視聴者が誤解する」と抗議した。実際には、与党批判以上の時間をかけて安倍首相など与党関係者の発言が紹介され、キャスターも首相問責決議案を出した野党に批判的なコメントもしていた。

 ところが、自民党の対応を批判的に報じたメディアは、私が見る限り、新聞一紙だけだった。多くのメディアは、自分たちに火の粉がかからないよう、首をすくめて様子を眺めているだけのように見えた。当のTBSも、選挙取材ができなくなると困るという焦りからか、自民党の主張に強く反論することもなく、結局詫び状めいた書面を届け、取材拒否が解かれて手打ちとなった。自民党はTBSの対応を謝罪と受け止める一方で、TBS側は、「番組内容については訂正・謝罪はしていない」と説明するなど、実に釈然としない、不透明な結果となった。

 この点で、アメリカのメディア状況は、いささかまぶしく見える。トランプ現政権は、安倍政権とは比べものにならないほど、メディアに対して強硬な態度をとっているが、不当な対応については、声を大にして抗議し、さらにターゲットにならなかったメディアも批判の声を挙げている。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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