そして、駅ナンバリング「SA○○」の導入がトドメとなる。駅ナンバリングに「SA○○」を採用するということは、これからも「東京さくらトラム」を使い続けるということを宣言したことに等しい。
なぜ東京都はここまで「東京さくらトラム」にこだわるのか。その理由は判然としない。東京都交通局は、「一度決めた愛称を簡単に変えることはできない」と説明する。憤然としながらも、荒川区職員は推測する。
「荒川線という名称がついているものの、都電は東京都が運行しています。荒川線は新宿区・豊島区・北区も走っているので、荒川線という名称だと『荒川区しか走っていない』『荒川区の電車』という印象を与えます。東京都は、ほかの3区にも配慮して『東京さくらトラム』を使いたいのでしょう。しかし、都電荒川線の大半は荒川区を走っていますし、荒川区にとってかけがえのない財産です。そうした自負と愛着があるからこそ、荒川区はほかの区とは比べ物にならないぐらい沿線の美化・緑化にも力を入れてきましたし、荒川線の活性化にも取り組んできました。そうした取り組みを台なしにするかのような、東京都のゴリ押しには納得がいきません。まるで東京都が荒川線という名称を葬り去ろうとしているようにも映ります」
「東武アーバンパークライン」
実はこれに似た動きが、最近の鉄道業界では静かに進行している。その先駆けとされるのが、東武鉄道の野田線だ。
東武野田線は埼玉県の大宮駅から千葉県の船橋駅を結んでいる。路線名は、中間に千葉県野田市(野田市駅)があることが由来になっている。千葉県民や沿線自治体在住者ならともかく、東京都民や神奈川県民が野田と聞いてもイメージが沸きづらい。14年に「東武アーバンパークライン」という愛称を打ち出した東武鉄道にとっても、そうした思いがあるようで、沿線のブランド化と沿線住民に親しみを感じてもらうことを狙いに含んでいた。
だが、こうしたキラキラネーム化した路線愛称は、かえって地元住民や鉄道ファンから総スカンを食う要因になってしまう。国土交通省の担当者はいう。
「鉄道路線の愛称は、特に法令等で定める基準はありません。駅ナンバリングに関しても同じです。すべて事業者に任せています。明らかに公序良俗に反している愛称なら別ですが、実態にそぐわない路線愛称がついても国土交通省から何かを言うことはありません」
過去にも鉄道業界でキラキラ化した名称が批判の対象になったケースはある。JR東日本は国鉄時代に使用されていた電車特定区間を、民営化に合わせて「E電」と呼び変えるようにした。しかし、この愛称は定着することなく、黒歴史として葬り去られた。
利用者が使いづらく親しみが沸かない名称が氾濫するようなら、それは本末転倒だ。イメージアップやブランド化を優先するあまり、愛称名の暴走が目立つようになった。鉄道事業者のゴリ推しによるキラキラ愛称名が定着するのか。それとも地元民や鉄道ファンが以前から使い続けて慣れ親しんでいる名称が残り、キラキラ愛称は黒歴史と化すのか。今、鉄道業界は岐路に立たされている。
(文=小川裕夫/フリーランスライター)