シンガポールで12日、予定通り米朝首脳会談が行われ、米国のトランプ大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が共同声明に署名した。その内容はというと、米側の最大の狙いだったはずの「北朝鮮の完全な非核化」について、「期限・具体策に触れず」(朝日新聞)、「北、検証なき半島非核化」(産経新聞)などと報じられているように、まったく新味がない内容になったといわざるを得ない。
トランプ氏は会談前、首脳会談を実施しても文書は発表されないとツィッターで予告していたが、文書の内容はこれまで出ていたものだけに、各紙では識者から「失望」との声が多く寄せられている。なぜトランプ氏が主導して、このような中身のない共同声明に署名したのか、謎が残る。
本稿では、この謎を解いてみたい。
朝鮮人民軍の異例人事
「ここまで来る道は容易でなかった。我々には足かせとなる過去があり、誤った偏見と慣行が我々の目や耳をふさいでいたが、我々はすべてを乗り越え、この場に来た」
これは13日、米朝首脳会談で金氏が発した最初の発言だけに、金氏の万感の思いが込められているようだ。つまり、米国と北朝鮮は68年前に勃発した朝鮮戦争で血を流し合った仇敵であり、その後もずっと敵対してきた。それだけに、北朝鮮国内には米国について偏見があり、米国の言うことに耳を貸そうとせず、金氏とトランプ氏との首脳会談に反対する者も多数いた。しかし、金氏は彼らの反対を乗り越えて、はるばるシンガポールまでトランプ氏と会いに来た――と言いたかったのであろう。
これに対して、トランプ氏は「その通りだ」と述べた後、すぐに金氏に対して「ありがとう。みなさん、ありがとう」と応じたのである。北朝鮮国内では多数の反対があったが、金氏はそれらの反対をねじ伏せてトランプ氏の求めに応じて首脳会談が開催できたことに、トランプ氏が直接、礼を言うという、冒頭から異例の展開となった。
一時は首脳会談の日程が決まっていながら、北朝鮮の金桂冠・第一外務次官や崔善姫外務次官の、外交上からも常識的に見ても明らかに非礼だと思われる発言が飛び出し、激怒したトランプ氏が会談キャンセルを表明したほどだった。ただ、両氏が首脳会談に反対したというわけではないだろう。あくまでも、北朝鮮外交特有の挑発的な言動をとることで、外交上優位なポジションをとるという戦略だろうが、外交経験がないトランプ氏には北朝鮮流の“高等戦術”が通じなかっただけといえよう。
では、金氏が言外ににじませた反対勢力とは、誰だったのか。
思い当たるのは、首脳会談の9日前の6月3日、韓国の通信社・聯合ニュースが韓国情報当局の関係者の話として、「北朝鮮の人民武力相(韓国の国防相に相当)が朴永植(パク・ヨンシク)氏から努光鉄(ノ・グァンチョル)人民武力省第1次官に、朝鮮人民軍の軍総参謀長が李明秀(リ・ミョンス)氏から李永吉(リ・ヨンギル)総参謀部第1副総参謀長に交替した」と報じたことである。