「横浜市始まって以来の大接戦だ」――。
ある横浜市政関係者は、22日投開票の横浜市長選の情勢についてこう話す。史上最多の8人が立候補したこの選挙だが、菅義偉首相が全面支援する小此木八郎元国家公安委員長、現職の林文子市長、立憲民主党など野党の統一候補の山中竹春元横浜市立大学教授の3候補が激しく競り合っている。
横浜市はこれまで保守の牙城で自民推薦候補が歴代有利とされてきたが、保守分裂選挙となった上に、横浜を地元とする菅首相が新型コロナウイルス対策などの失策を重ねるなかで支持率低下を招いていることも、野党に利する展開となっている。横浜市長選後の菅首相の求心力低下を見越した自民党内の反菅勢力と見られる動きもあり、誰が当選するか投開票までまったくわからない状況だ。
林市長は地元財界有力者の後ろ盾を強調し、小此木陣営は林支持者の票剥がしに注力する分裂選挙
今回の横浜市長選は、これまでカジノを含めたIR推進の旗振り役の筆頭だった菅首相が、「誘致反対」を掲げる小此木氏を全面支援したことで保守分裂選挙となったことはすでに本サイトで詳報した。怪文書も飛び交う激しい選挙になっているが、12日ごろに報道関係者や横浜の地元関係者などに一斉に以下の「世論調査」がばらまかれた。
「横浜市長選
自民調査
(告示後 サンプル2000 補正後)
山中25.3
小此木24.6
林15.6」
この調査の真偽や出元は不明だが、素直に読むと「自民党の調査」で立憲候補の山中氏が僅差で当選する勢いであり、小此木氏が林市長に大差を付けているという内容であるため、関係者の間で話題になった。ある自民党議員は「謎の世論調査が選挙で飛び交うなどごく普通で、騒ぐに値しない」とむべもないが、10日に朝日新聞が独自調査結果として「小此木氏がわずかな差で先行し、山中氏と林市長が激しく負う」と報じたことも考えると、あながち的外れな「調査」ともいえない。
NHKが10日に発表した世論調査でも、菅政権の支持率がとうとう「魔の30%」を割り込む29%となったことも自民党の勢いを削いでいると考えられる。冒頭の横浜市政関係者は以下のように解説する。
「当初の予想よりも山中氏が非常に善戦していることは事実で、本当に結果が最後までわからない真剣勝負になっている。これまでの選挙と最も違う点は、保守が地元での主導権を失うかもしれないリスクを抱えてまで本気でやり合っているというところ。これまでも自民党は各地方で保守分裂選挙をやっていますが、それはあくまで自民党が選挙後の地元政権で影響力を行使できるという前提があってのこと。今回の選挙のようなケースでは山中氏が当選した場合、自民党は大きく影響力を失うことは間違いないはずで、自民サイドからすれば事前の話し合いによる候補の一本化や選挙途中での片方の『棄権』のようなやり方もあり得たはずなのですが、それがまったくない。
その証拠に、林市長が地元有力者に自身への投票を呼び掛ける選挙葉書を送っていますが、裏面の推薦人に横浜青年会議所(JC)の理事長の父親にあたる地元財界の大物の名前が記されており、小此木陣営に対して『横浜財界はあくまで林支持で妥協しない』とのメッセージを送っています。反対に小此木陣営も林氏の支持者を転向させるように働き掛けを強めており、まさに『仁義なき戦い』となっている」
投開票日は約1週間後に迫っており、自民党にとって事態の収拾は困難というほかない。
もはや自民党の党内政局と化した横浜市長選
横浜市内部の保守分裂とは別に、今回の横浜市長選は次期総裁選を見込んだ自民党内の政局も反映されている。
現在の自民党は菅首相と二階俊博幹事長のラインで支えているが、安倍政権の時のような「安倍―菅―二階」のトライアングルのような強固さはない。むしろ、菅氏の党内の権力基盤を支える二階幹事長が歴代最長の任期である5年を超えたことで、他派閥からの嫉妬や不満が渦巻いているのが実情だ。菅氏は地元保守勢力を真っ二つに割った上、IR反対派である片方の候補を「全面支援」したことで横浜市長選の全責任を負う格好となっているため、「勝って当たり前で、負けでもすれば首相退陣は避けられない」(先の自民党議員)。横浜市長選で成果を残しても残さなくても菅首相は苦境に立たされるため、「話題の『自民党調査』も自民党内の反菅勢力が小此木氏の落選を誘うためにバラまいたというのが各陣営の間で通説となっている」(冒頭の横浜市政関係者)という。
小此木氏「市民の理解が得られない」とのカジノ誘致反対理由に疑問の声
小此木氏は神奈川などを対象とする地域情報紙「タウンニュース」の8月5日号での神奈川7区選出の鈴木馨祐(けいすけ)衆議によるインタビューで、以下のようにIR誘致反対についての理由を話している。
「鈴木:IRについても思い切った決断をされました。
小此木:コロナ禍にあって、また経済安全保障の観点からIRを取り巻く環境がかなり変わったと感じています。そして何より、今でも市民の皆さんの理解が十分に得られていません。こうしたことから、今回の挑戦を決意するにあたり、横浜へのIR誘致を完全に取りやめることを決断しました」
つまり、「市民の理解が得られていない」からIR誘致に反対するということだが、横浜財界関係者は「仮に小此木氏が勝っても『市民の理解が得られた』として、再び推進に方針転換する可能性はある」と話し、以下のように分析する。
「林市長は17年の前回の市長選の際にはIRについて『白紙状態』としていたが、19年4月の統一地方選挙、同年7月の参議院議員選挙の直後の19年8月に急にIR誘致に前向きな姿勢を示した。こんな感じで後から『市民の理解』をとりつけたとして強引にIR推進の財界側をなだめることは十分あり得る。実際、菅氏は今回どうなろうと横浜選出の有力議員であることには変わらないし、財界と敵対し続けることなんてできこっないんだから」
しかし、今回は地元の最有力者の一人である「ハマのドン」こと藤木幸夫氏が8月3日の外国人特派員協会での記者会見で「横浜でカジノはやらせません。絶対やらせません。私は、カジノをやるときは、オープンの日に切腹して死にますから」とまで言い切っている以上、反対を覆すにしても相当な覚悟が必要となるだろう。
菅首相の進退がかかっているということもあって、全国からの注目が集まっている横浜市長選。22日の投開票日まで誰が当選するかわからない、近年まれに見る熱い選挙となりそうだ。
(文=編集部)