――争点そらしとは?
岩下教授 2005年の小泉・プーチン会談と同様に、実は今回の会談も共同声明を出すのに失敗しました。しかし、それでは格好がつかないと判断したのでしょう。どの程度の意味があるのかよくわからないのですが、プレス向け声明というのを出して成果を取り繕ったように思います。
これは2枚あるのですが、その1枚で「元島民の墓参渡航の簡素化」がうたわれている。実は現在、根室から船で入るとき、入境手続きは国後でしかできないため、そこから歯舞に行くには時間がかかります。そこで根室に近い歯舞には直接行きたいという元島民の希望にこたえたのがこれなのです。島民の希望に寄り添っているようにみえますが、実は昔はやっていたことなのです。あるときからロシア側が歯舞での手続きを拒否してきたので、長年やれないままになっていました。目新しいといえるのは、中標津空港から空路の利用を行うことの合意でしょう。
ただ不思議なのは、冬場でも往来ができるかもしれませんが、元島民が行きたい墓地は道がなく、船でしか行けない場所にある。空路の提案は、政府が仕掛けようとしている共同経済活動、これがプレス向け声明の2枚目なのですが、そのためのように思えます。私には元島民はダシにされたようにみえます。
おそらく官邸サイドは当初、「二島プラスアルファの返還」で進めたかったが、それができず、プーチン大統領から「今そういう話はしないでくれ」と言われた。二島も駄目なら、駄目元で四島論に戻すか、あるいは二島返還すらも厳しいが、この道を進むか、どちらかです。いずれにせよ、あの手紙は表向き四島返還で団結してきた元島民の返還運動に大きなダメージを与えた。
日本政府の“思い込み”
――昨夏、急にメディアが盛り上がり「二島が返還される」かのような報道がなされました。
岩下教授 これは官邸しか取材していない政治部の声で、国際部のようにロシア取材をすればそんなに簡単ではないことはすぐわかるはずです。プーチン大統領の姿勢は一貫している。
日本は、ロシアが1956年の日ソ共同宣言を認めるのならば二島は無条件で返還されるように思い込んだ。一方、ロシア側は二島とも渡したくないが、宣言は認めざるを得ず、そこからの交渉なら返還の条件を決めるだけになる。いわば択捉、国後の返還は論外で「色丹をいくらで買いますか」という姿勢です。それを日本側は「この道を行けば二島が返還され、さらにプラスアルファがある」と思い込んだ。