2018年12月19日、ロンドン・ガトウィック空港の敷地内に複数のドローン(小型無人機)が飛来し、滑走路内に侵入。一時すべての航空会社が運航停止となり、14万人が足止めをくう大混乱となった。
容疑者として逮捕された2人が釈放されるなど犯人はまだわかっていないが、空港機能自体は数日で復旧した。それに一役買ったのが、イスラエル・ラファエル社が開発したドローンの無線信号を妨害するアンチドローン装置である。
イスラエルは建国以来、周囲の敵対国、敵対勢力とわたりあう過程で高い防衛技術を発達させてきた。先述のアンチドローン装置はまさにその一つだが、近年ではサイバーセキュリティ分野でも世界のトップを行く。これらの技術はこの国の主要な輸出商品となっているのと同時に、これらの技術を扱う企業は投資先として世界から熱い視線を浴びている。
活況なイスラエルベンチャーの人材供給源「8200部隊」とは
『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』(新潮社刊)は「中東のシリコンバレー」と呼ばれ、デジタル技術の発展が著しいイスラエルの現状を伝えている。
なぜイスラエルが世界でも群を抜くサイバーセキュリティ技術を持ちえたのかについては、常に敵対する国からの攻撃のリスクにさらされてきたという歴史的な文脈を抜きには語れない。祖国と同胞を守ろうとする強い願望が、技術水準を大きく引き上げたのだ。
だからこそ、イスラエルのテクノロジー系ベンチャー企業は軍に起源を持つケースが多い。特にイスラエル国防軍選りすぐりのエリートからなり、電子諜報を担当する「8200部隊」は多くの起業家を輩出している。この部隊の出身者が創業したベンチャー企業は1,000社にものぼるというから驚きである。
「8200部隊がなかったら、イスラエルがサイバー攻撃防御の分野で世界的なリーダーになることはありえなかった」と著者の熊谷徹氏が言うように、8200部隊出身者が創業したベンチャー企業のセキュリティ技術発展への貢献度は大きい。
2013年にテルアビブに創設されたアルグス・サイバー・セキュリティもその一つ。同社は「自動車へのサイバー攻撃防御」に特化した技術を開発している。
IoT技術によって、これからは自動車が常時インターネットに接続される時代がやってくる。これまでには考えられなかったサービスが可能になると同時に、ハッキングのリスクもつきまとうIoTだが、自動車の制御ソフトへのハッキングは命にかかわる問題。すでにアメリカやイスラエルでは、技術者がノート型コンピュータを使って自動車のシステムに入り込み、走行中の車に急ブレーキをかけたり、窓を開け閉めする実験に成功している。
将来的に自動車メーカーはこうしたハッキングへの防御対策を取らなければならなくなるわけで、アルグスの持つ技術は産業界で大きな注目を集めている。
イスラエルに批判的な国もイスラエルの技術を買わざるを得ない
アルグスの例は数あるイスラエル発のセキュリティベンチャーの一例にすぎない。毎年1,000社ものベンチャー企業が生まれ、日進月歩でテクノロジーを進化させているイスラエルは、ある意味そのことによって結果的に自国を守っているといえるかもしれない。
パレスチナ人への人権侵害やヨルダン川西岸地域のへの強引な入植に対する非難として、イスラエルへの投資差し控えや経済制裁、イスラエル製品のボイコットなどを求める声は特に欧米で多く聞かれるが、これらの国とて今の時代にサイバーセキュリティ技術が不要というわけにはいかない。
イスラエルのセキュリティ技術が世界最高峰であり、この技術の重要性が高まり続ける限り、たとえイスラエルに批判的な国でもイスラエルのセキュリティ技術を導入せざるをえず、それらを担う企業に投資をする人や組織もなくならない。こうした既成事実が積みあがれば、イスラエルへのボイコット活動は有名無実化し、意義や効力を失っていくだろう。
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『イスラエルがすごい マネーを呼ぶイノベーション大国』ではイスラエルでベンチャーが育つ土壌となる要因に迫る一冊。
パレスチナ問題の文脈でしかイスラエルの名前を聞いたことがないという人は、本書を読めばこの国が今やアメリカや中国と肩を並べるほどのテクノロジー大国として台頭していることに驚くはずだ。
(新刊JP編集部・山田洋介)
※本記事は、「新刊JP」より提供されたものです。