日韓間で「徴用工」の問題がこじれている。発端は、韓国の最高裁判所にあたる大法院が元徴用工らへの損害賠償を日本企業に命じる判決を下したことだ。日本政府は1965年に締結された日韓請求権協定に基づき、韓国政府に対して仲裁委員会の開催を初めて要請したが、韓国側は動く気配を見せない。
そもそも、同協定第2条第1項には、請求権について「完全かつ最終的に解決された」と明記されていることから、日本は一貫して「すでに解決済み」という姿勢であり、韓国の対応を疑問視する声が多いのが実情だ。
しかし、新潟国際情報大学国際学部国際文化学科教授の吉澤文寿氏は「この請求権には、不法な植民地支配における強制労働などへの慰謝料は含まれていない。そのため、大法院判決には一定の合理性がある」と解説する。日韓関係や朝鮮半島情勢に詳しい吉澤教授に話を聞いた。
韓国大法院の判決に合理性がある理由
――日韓請求権協定や日韓基本条約の締結で請求権の問題は解決済みなのではないでしょうか。
吉澤文寿氏(以下、吉澤) 日韓基本条約や諸協定の締結により、請求権、漁業、在日韓国人の法的地位、朝鮮由来の文化財などについては一応の決着を見ました。ただし、合意できていないまま今日に至っている問題も多いのです。そもそも、韓国併合を合法とする日本政府と、これを不法とする韓国政府とでは、根本的な認識に大きな隔たりがあります。
たとえば、日韓基本条約第2条に「千九百十年八月二十二日以前に大日本帝国と大韓帝国との間で締結されたすべての条約及び協定は、もはや無効であることが確認される」という条文があります。1910年8月22日というのは韓国併合条約が調印された日で、日本は同条約に基づいて韓国を併合しました。日本政府としては「併合時点では有効だったが、植民地支配が終わってからは無効」という立場を取り、韓国政府としては「韓国併合条約そのものが無効」という立場を取っています。条文はどちらにも解釈できるような内容となっているわけで、日韓の主張が最後まで折り合わなかったことを示しています。
――日本としては、日韓請求権協定の条文を根拠に「解決済みだ」とする主張が多いようです。
吉澤 日韓請求権協定の第2条第1項では、「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」と書かれています。
合意議事録では、日韓会談において韓国側から提出された「韓国の対日請求要綱」(対日請求8項目)の範囲に属するすべての請求が含まれており、同要綱に関しては、いかなる主張もなし得ないこととなることが確認されたとあります。同要綱において、韓国側は、朝鮮銀行から搬出された地金、地銀、日本国債、郵便貯金、簡易生命保険、労災認定にあたる補償金などの請求を行いました。そのため、「完全かつ最終的に解決された」というのは、この8項目のことです。
日韓請求権協定締結後も、朝鮮半島の遺骨の返還問題、韓国人原爆被害者、サハリン韓国人帰国問題、従軍慰安婦におけるアジア女性基金の設立など、追加で合意した問題もあります。日韓基本条約などで多くの問題が合意したとはいえ、新たな問題が浮上するたびに協議して“アフターケア”をする必要があったのだと思います。