交際費もすべて取材費で損金処理がまかり通る巨大新聞社 社長は代々、不倫問題を抱える
「政治部、経済部の違いはあっても、記者としての能力はどちらも平平凡凡で変わりないですね。谷という男は滅私奉公する愚直な真面目人間です。そっちの噂は聞いたことないです」
「松野さんはどうなんだい?」
深井は言い淀んだ。松野が女性社員との関係を取りざたされていることは知っていたし、昼前に読んだ深井宛の匿名の手紙に付いていた、大都のスキャンダル等をA4用紙1枚にまとめた「別紙・参考資料」にも、書かれていたからだ。
「さっき、自分で仄めかしたじゃないですか。松野はまめで人当たりもいいし、カラオケもうまいです。烏山のように一般女性から毛嫌いされることもないと思います。でも、えらい恐妻家らしいですから、深入りしているかどうかはわかりません」
「少し言ったけど、丹野(顕雄)によれば、その女との密会場所がこのホテルだというんだ」
「え、それで、このホテルに来たんですか。でも、バーにも出入りするんですか」
「会うのは部屋だろうが、相手の女は時々ここのバーに女性同士で飲みに来るらしい」
「それで、『エキサイティングな場面』ですか」
「だから、窓を斜め背にして座ってもらったのさ。客の出入りがよく見えるようにね」
「でも、僕は女性社員のこと、全く知りませんよ」
「え、全然聞いたことないの?」
「いや、噂は知っています。社長室勤務の花井香也子(はないかやこ)という40歳代半ばの社員でしょ」
「そう、その女性だ」
「でも、その女性の顔を知らないんです」
「え、そうなの。それでも“どこかで見たことがある”くらいはわかるだろう」
「僕は5年以上、大都本社に出入りしていないんですよ」
「入社20年くらいの女性らしいから、きっと見覚えあるさ」
●社長の女性問題以外にも気になる話題が…?
「その女性との話は大都社内で結構広まっています。でも、なぜ丹野さんは、どこのホテルで会っているかまで知っていたんですかね」
「あいつ、ずっと独身だろう。毛並みもいいし、女にもてる。どういう関係か知らないが、その女性の友人と知り合いらしいんだ。友人によると、このバーで飲んでダベっているとき、いつも時計を気にしていて、時々、携帯が鳴って『急用』とか言って金を置いて先に出ることがあるらしいんだ。丹野に『何かあるのかしら』と聞いたっていうんだよ」
「それだけですか」
「いや違う。丹野は執行役員だろ。社長がどこにいるかくらいはわかるというんだな」
「松野の自宅が葉山です。朝早く社用の仕事がある時や、ゴルフの時は都内のホテルに泊まるらしいですね。それがここのホテル?」
「そう。『リバーサイドホテル』が定宿で、ルームナンバーも決まっているってよ。定宿にしたのは十年以上前で、向島の『バー秀香』の帰りに立ち寄るようになったのがきっかけらしい。その頃にはもう二人はできていたようなんだ」
「二人の噂は烏山の社長時代からありましたけど、それだけじゃ、ここで密会していたことになりませんよ」
「そりゃそうだ。でも、丹野が友人の女性に『携帯が鳴って消えた日』を聞いたら、松野社長も宿泊した日だったらしいんだな。たまたま丹野も名古屋から出てきて、広告関係の接待に同席していて、松野がホテルに向かった時刻も覚えていた」
「カラオケバーに行かなかったんですかね」
「珍しく行かなかった、と言うのさ」
「確かに怪しいですね。ホテルだから、鍵は泊まる本人しか受け取れないです。となると、松野が部屋に入ってから、連絡を受けた女が訪ねる、というパターンですか」
「そんなところだろうが、それだけじゃない。さっき丹野と別れて、大都本社の正面玄関を出ようとしたら、車に乗り込む松野社長を見かけた。『ひょっとして今日も』とね。空振りで元々、万が一遭遇すれば儲けものじゃないの。まあ、女同士の客が来ないか、もう少し見ていろって。他にも、面白い話があるから」
「でも、これ一杯だけですよ。飲み終わったら、あきらめましょう」
「ああ、いいさ」
「他の面白い話って、なんですか。丹野さんが松野の女性問題以外にも話したんですか」
「大都の編集局長と社長室長が蜜月関係で、編集局長はパワハラやセクハラ事件を起こしたことがあるとか、ゲシュタポ(ナチス秘密国家警察)みたいなノッポが幅を利かせているとかな。でも、今日はその話はよそう。また別の機会だ」
「じゃあ、なんですか」
(文=大塚将司/作家・経済評論家)
【ご参考:第1部のあらすじ】業界第1位の大都新聞社は、ネット化を推進したことがあだとなり、紙媒体の発行部数が激減し、部数トップの座から滑り落ちかねない状況に陥った。そこで同社社長の松野弥介は、日頃から何かと世話をしている業界第3位の日亜新聞社社長・村尾倫郎に合併を持ちかけ、基本合意した。二人は両社の取締役編集局長、北川常夫(大都)、小山成雄(日亜)に詳細を詰めさせ、発表する段取りを決めた。1年後には断トツの部数トップの巨大新聞社が誕生するのは間違いないところになったわけだが、唯一の気がかり材料は“業界のドン”、太郎丸嘉一が君臨する業界第2位の国民新聞社の反撃だった。合併を目論む大都、日亜両社はジャーナリズムとは無縁な、堕落しきった連中が経営も編集も牛耳っており、御多分に洩れず、松野、村尾、北川、小山の4人ともスキャンダルを抱え、脛に傷持つ身だった。その秘密に一抹の不安があった。
※本文はフィクションです。実在する人物名、社名とは一切関係ありません。
※次回は、来週9月13日(金)掲載予定です。