筆者は、『ニセモノ食品の正体』(宝島社)、『ニセモノ食品作り最前線』(同)など、食品の舞台裏について解説する本なども書いてきたサイエンスライターです。ネット上で、さまざまな食品加工を実際にやってみた「ケミカルクッキング」などという動画もあります(もう数年前の仕事なのですが)。
さて今回は、昨今世間を騒がせている偽装食品について、一通りざっとおさらいしてみようと思います。
偽装肉といわれるものには、大きく分けて3種類あります。そもそも偽装肉には正式な名称はなく、その結果、各社がそれぞれ勝手に命名して売っています。こういう足並みの揃わないところも、胸を張って売れないのではないかと邪推されてしまう食品業界の難儀な側面かもしれません。
この偽装肉、往々にして外食用の加工食材として用いられています。理由は一つ、「安価でおいしい」からです。そして安全面に関しては、適切な運用をしていれば何も気にする必要はありませんが、注意点もあります。見ていきましょう。
結着肉1(通称サイコロステーキ肉)
スーパーなどでもよく見かける、均一に脂が入った肉がサイコロ状になっているアレです。使われるのは、すね肉や横隔膜(ソフトカルビ)、心臓といった、硬くて風味にクセのある部位であり、これらの肉を砕いて、牛脂を混ぜ、さらにカゼインや増粘多糖類、リン酸塩などで調整したのち、プレスで圧縮し、押し出し成形したものです。
技術自体は古く、40年ほど前からありましたが、スーパーなどの店頭には2000年代に入って増えたようです。値段は非常に安く、ブロック肉としては破格。味はステーキ肉ともハンバーグとも違う歯ごたえで、好みは分かれるものの、好きな人も多い。
食用に適さない屑肉を無理矢理食べられるようにしたなどと評されることもあるが、食品加工業において廃棄を減らすことは環境問題への取り組みの結果であり、それを屑肉の加工品と評するのはあまりに酷な話。
しかし成型肉の中では最も技術的に古く、特に成型サイコロステーキは一旦破砕された肉を結着しているため、加工時にかなり外気に触れ、細菌の混入の機会が増えてしまいます。
格安を売りにしているステーキチェーンなどでは、他の肉と同じか、それ以下の扱いでこの加工肉が扱われていることがあり、そういった店でしばしば食中毒を起こしている。傷みやすい点を考慮した上で、買ったら賞味期限に注意することが肝心です(少なくとも賞味期限の範囲でよく焼いて食べれば、なんの問題もありません)。
また、結着剤として使われるカゼインは乳由来なので、牛乳などにアレルギーのある人は要注意。そのほかにも大豆由来のものなども使われているので、アレルギー持ちの人は全般的に注意が必要です。
元の肉が煮込みに向いているだけに、煮込み料理の肉として使うと、非常に良い味となるので、安くビーフシチューなどをつくりたい場合は、長時間煮込んで使うと安上がりで美味しいものになるので、使い方次第です。
結着肉2(成型接着肉 フランケンステーキ肉)
古くに開発された結着肉の後継バージョンというべきもので、適当なサイズの肉の肉質をポリリン酸などで改善したのち、結着剤(アルギニンや数々のリン酸塩、レシチンなどを複雑に配合したもの)で肉同士をプレス圧縮しつつ冷蔵保存することで、まるでひと塊の肉のように融合する。
これをスライスしたものはまるで1枚の大きなロースやヒレ肉のようになるため、安価なステーキ肉として使うことができる。
添加物の危険性を過剰に煽る非科学的な本などでは、こうした用途で使われるリン酸塩は体内のカルシウム濃度を下げるなどという話が書かれていますが、実際に添加物として含まれる程度の量で、体内のカルシウムレベルが変わることはあり得ません。
当然発がん性やその他の危険が表れるような量は入りようがありません。ポリリン酸などと聞き慣れない言葉を聞いて、不気味に感じるのは構いませんが、そのまま嫌悪感や怖いという感情論につなげてしまうと現実を見失います。
結着肉1に比べて、細菌などに汚染される部分が少ないことからも、概ね市場でも「少し日持ちの悪い牛肉」ぐらいに扱われています。スーパーなどでも、ごくまれに見ることがありますが、ほとんどは外食産業で使われています。
味の面では、さまざまな調整がされているので、普通に焼いて食べるだけならば、歯切れが少し悪い程度で、値段を考えれば十分においしいものです。注意すべき点は、先の肉と同様で、大豆や乳由来の成分が入っているため、アレルギーを起こす人もいるということです(ただし使用量はさらに少ないので、先の肉より危険は低い)。
本来、レストランやファストフードでは原材料を細かく表示する必要はありません。何も表示せず、普通に「ステーキ」としてこれらの肉を提供するのは別に違法でもなんでもありません。別に法の抜け道でもなんでもなく、飲食店という場所で全ての原材料表記を義務化したら、仕入れや時期によってさまざまに変わる材料に対応できなくなってしまう、ただそれだけの話です。
つまり、加工肉をただのステーキとして出していたというだけであれば、本来は問題ではありません。ただし、ただの加工肉をA5等級のなんとか和牛のステーキなどと偽って販売するのはただの詐欺。虚偽のメニューは責められて然るべきものですが、その矛先が、「こんな不気味な肉を…」という話では、お門違いなわけです。
お肉や加工技術には、罪も問題もありません。
脂肪注入肉(インジェクション加工肉)
今回特に注目を集めた肉で、加工肉の中では最も新しいもの。その製法は、乳化された牛脂を注射器が剣山のように並んだ特殊な装置で肉の中に高圧で一気に注入し、肉を無理矢理霜降りにしてしまうというもの。
白くドロドロの乳化油はお世辞にも美味しそうではないので、その加工現場の映像を見た人の多くは、もう加工肉が食べられないだの、気持ち悪いだの散々な批判をします。
そもそも肉というのは、家畜を屠畜し、そこから腑分けをし、精肉し、熟成させたりなどなどの工程を経て、スーパーや肉屋に並んでいるのです。通常、屠畜や解体は見ないものです。つまり、加工過程を知ったことで加工肉を批判することは、そのような本来見なくてよい部分を見て、違和感を持つのと同じです。ただの加工された肉にすぎません。
このインジェクション加工で使われる牛脂の大半は、国内産の高級和牛の脂です。高級和牛は意図的に時間をかけて太らせた肉。そのサシの入った美味しい肉の周りや、臓器の周りには、通常の牛ではあり得ないくらいの脂肪層が発達しています。
しかし、その脂は当然和牛のうまみを持つものですが、肉に比べれば二束三文。1kg当たり数十円〜100円程度で取引されています。そうした脂を溶かし、雑菌が入らないように濾過処理を行い、そこに乳化剤や融点改良油などを加え、ニューギニアビーフやオージービーフなどの肉質が硬く赤身の多い肉に注入してつくります。いわば国産牛の脂と外国産赤身肉の良いとこどりなので、下手な和牛よりおいしい場合もあります。
温度管理も衛生管理もシビアですが、機械の進歩と、利用者がしっかり規則通りに運用する限り、汚染などもまず起きないようになっています。実際に国内では、レアで食べても問題ないくらいに使われています。実際に町の飲食店などでもよく見かけるもので、肉質もやわらかくなり、安価で美味しい肉という目的をしっかりと果たしています。
アレルギー表示以外は問題らしい問題もなく、カロリーはサシの入った肉と同様で、総じて高いため食べ過ぎは禁物です。
回転寿司では、多くのネタが代用魚
次に代用魚の話です。キャビアの代わりにランプフィッシュの卵が使われているのが不気味だとか、回転寿司のえんがわはオヒョウという謎の魚だの、さまざまな話があります。
代用魚自体は、取り立てて珍しい話ではなく、昔は厳しい表示義務がなかったために、メロは銀ムツとしてスーパーに並んでいましたし、銀ダラの代わりにメルルーサも銀ダラとして陳列されていました。「そんなのインチキ」「虚偽表示じゃないか」と言われかねませんが、銀ダラと味がそっくりで調理法も同じであれば、別に毒のある魚でもなんでもないので、それほど神経質になる問題でもないと思います。
それでも2003年にJAS法が改正され、そのような魚の名称混同は禁止されています。
その結果、スーパーなどでも、よくわからない名前の魚を見かけるようになったわけです。
先ほどの肉の話と同じで、回転寿司でも別に銀ダラとしてメルルーサを出しても、なんの問題もありません。むしろ商品を安定して供給できるほうが大切であり、客もメニューが毎回変わるより、安定してあるほうが便利なので、憤慨する理由がわかりません。
また、中にはアナゴの代用魚であるアンギーラはウミヘビの一種などという話がまことしやかに語られていますが、まったくの嘘。アンギーラは海の蛇という意味合いの言葉らしいのですが、マルアナゴという和名もある、れっきとしたアナゴの仲間です。
またナイルパーチやティラピアといった淡水魚が白身の代用魚として出ると「淡水魚には寄生虫がいる」と言う人もいるようですが、サーモンの刺身と同じで一旦冷凍処理されているために、寄生虫感染のリスクは当然回避されています。そんなリスクのあるものは本来流通しないように、日本の食品基準は厳しい部類ですので、気にせずおいしく食べていられるのです。
そういう意味では、格安居酒屋の一部は、流通から囲い込んで低価格化を推し進めすぎた結果、あらゆる物がブラックボックス化して、こうした安全性が失われていることもあります。
実際、店によっては生食するとアニサキスなどの寄生虫症を引き起こす、冷凍処理されていないタラやホッケの刺身などを提供していたりして、よっぽどそういったもののほうが問題なのに、代用魚が不気味だという話で盛り上がるのはおかしなことです。
企業努力を、なかったことにしてはいけない
さて、今回の偽装問題。確かに虚偽のメニューは問題がありますが、それを「騙された、騙された」と言いがかりをつけまくるのは何かおかしい気がします。
確かに芝エビとバナメイエビは全く違う味ですが、それを提供された段階で見分けがつかなかっただけでなく、美味しい美味しいと堪能したのであれば、それは調理師のセンス、調理法、すなわち腕前が素晴らしかったということでしょう。
かくいう筆者も、最近、お気に入りの料理店が、店が小綺麗になったと思いきや、メニューが軒並み格安材料のものになり、料理の手間が二手間も三手間も省かれ、市販の調味料で味付けされただけの、アルバイトでもつくれるような味付けになっていて愕然としました。
筆者はそうした店には別に文句も言わず、二度と行きませんが、逆に言えば、それくらい激変していても見分けがつかない人もいるということです。見分けがつくことが良いことでもなく、見分けがつかないから愚かでもありません。お金を払って満足すればそれでよし、不満であれば二度と行かないだけ。
この当たり前の話を棚に上げ、騙されていたと罵り騒ぐのはどうしたものでしょうか。
こうして騒げば騒ぐほど食品業界はますます閉鎖的に、ますますわからない世界になってしまうのではないかと心配をしてしまいます。
並々ならぬ努力をして代用魚を見つけ、価値のなかった魚に価値を見いだし、安くて硬い肉を、安くて美味しい肉にする研究開発をする人たちの努力を「なかったこと」にしていいのでしょうか?
(文=へるどくたークラレ)