「実際の調査現場では、コンピュータを使った選定はほとんど行っていないのです。補助的に使っている程度で、税務調査は経験と感性によって展開していくもの。経験に裏打ちされた調査の感性こそが重要で、マルサ(国税局査察部)では一人前の査察官が育つには最低5年が必要だといわれています」と語るのは、『国税局直轄 トクチョウの事件簿』(ダイヤモンド社)の著書もある元国税職員で税理士の上田二郎氏。
本書では、税務署の特別調査部門(トクチョウ)の活動が明らかにされている。トクチョウとは国税局の中でも調査の花形部署。強制調査のマルサや任意調査の精鋭である「リョウチョウ(資料調査課)」を経験した統括官が指揮し、調査能力に長けた優秀な調査官を集め、調査活動を行う。
個人の税金を取り扱う「トクチョウ」では、弁護士、司法書士などの士業や医師、歯科医師などの高額所得者、また大口の申告漏れが見つかりそうな繁華街の飲食店などを対象に、これらを継続的に管理し、調査に入るタイミングをうかがう。
「士業の調査では、帳簿の検査はもとより、証拠書類の検証や銀行調査、取引先やクライアントへの反面調査(取引相手に内容の裏付けに行く調査)が必要となることが多く、一般調査では荷が重い調査になります。相手先も多忙で、日程調整に手間取ることが多く、調査計画が思い通りにはかどらないこともよくあります。そこでトクチョウが請け負うのですが、そのような大きい調査案件を抱えているため、合間を縫うように自分たちのペースで調査ができるピンク産業(主に性風俗業)なども常にリサーチしています。このために国税の中では『ピンク担当』といわれることもあります」(上田氏)
●ピンク産業の税務調査
特定の繁華街を把握することが中心になるために、東京都内に点在する有名な繁華街を所轄する税務署にトクチョウは配置される。著書では美術商、弁護士など5つの事例が紹介されているが、今回は上田氏にピンク産業への調査の一端について語ってもらった。
「この業界は経営者の回転が早いのです。1年たったら、ほとんどの店の経営者が入れ替わっています。このため、年単位で課税する所得税の捕捉が追い付きません。飲食店業、中でもピンク産業は脱税が容易だと考え、『ならば俺たちも』と安易な脱税に手を出して、税務調査で痛い目に遭う人がいます。税務署はピンク産業もしっかりと把握していることを知り、脱税はあまりにもリスクが高すぎるということを知ってもらいたいのです」(同)
確かにピンク産業、性風俗業界の場合、店の名前が数カ月で変わっていくことはよくある。(内装そのままに)居抜きで買い取って経営者が別になることもあるが、店の名前は変わっても、経営者は変わっていないことも多い。
「ピンク産業の税務調査は無予告調査が基本です。ターゲットに接触する前に十分な時間をかけて、ある程度の証拠を固めて踏み込んでいきます。店舗型の場合は事前調査の基本は張り込みですが、店の名前は頻繁に変わるが、お店に出入りする女性は変わっていない、ということが多く、その場合は女性から調査に入っていきます。一番のポイントは、最も儲けている影のオーナーにたどり着けるかどうか。影のオーナーを取り逃さないように、証拠を固めていく必要があるわけです」(同)