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江川紹子の「事件ウオッチ」第14回

天誅、脅迫、記者の殺害リストまで……バッシングの域を超えた【朝日新聞叩き】の異常

文=江川紹子/ジャーナリスト
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●過激な憎悪表現が溢れる“異常な日常”

 自分は匿名アカウントで、「殺害」をにおわせて相手を不安にするというのは、卑劣極まりない。さすがに批判が出てくると、今度は、このリストは朝日新聞関係者の「自作自演」というネット情報が出回った。これも、誰が発信元かよくわからない。

 ネット上では、慰安婦報道に関わった元記者の子どもが、写真や名前、在籍校などをさらされ、「反日」のレッテルを貼られている。子どもまで攻撃の対象にするとは、卑怯の極みだ。さらには、記者のみならず、アルバイトや無関係の人に至るまで、朝日新聞の社屋に出入りする人の顔を撮影し、それをネット上にアップして、氏名住所を探るなどの嫌がらせをしようという動きもあった、と聞く。

 こうした人たちにとっては、朝日新聞の問題を指摘して反省を促し、改善させることには関心がないようだ。朝日新聞社を叩くこと、あるいは朝日新聞を潰すことが目的となり、朝日関係者を痛めつけることが快感になっているとしか思えない。

 それにしても、「朝日叩き」で使われる言葉の荒々しさには、慄然とする。「天誅」「売国奴」「国賊」……さらには「非国民」「死ね」といった言葉も散見する。在日韓国・朝鮮人へのヘイトスピーチを行っている集団などは、張り切って「朝日叩き」を展開しているが、口汚い差別表現で「殺せ」「日本から出て行け」などと叫んでいる人びとは、こうした言葉がなんの抵抗もなく出てくるようだ。そして、それはネットを通して拡散し、一般の人たちも頻繁に目にすることになる。

 さらに残念なのは、ネットのみならず雑誌メディアまでが、平然とこうした言葉を大見出しにしていることだ。よりインパクトのある見出しで雑誌を売りたいのはわかるが、過激さを競っているなれの果てに、こんな戦時中の用語が雑誌広告に飛び交う今の状況は異常であるし、さらに人々はしばしばこのような表現を目にすることで、異常さに慣らされていく。

 人は言葉を使って考える。こういう決めつけ言葉で、気に入らない相手にレッテルを貼り、排除したり、罵倒したりすることに慣れていけば、人々のその思考や発想も単純で荒々しいものになっていくのではないか。言葉を生業にし、多様な言論表現によって豊かな文化を築いていくべき活字メディアが、その旗振り役をしているのでは、自分のクビを絞めるようなものだと思う。このような言葉は、できるだけ慎むのが出版人の倫理であり矜持というものだろう。過激な言葉を使えば売れるという金勘定が、その矜持すら失わせているとしたら悲しすぎる。

 ただし、このような決めつけや言葉の荒れは、朝日叩きや嫌韓右派に限ったことではない。リベラル、左派の人々にも、それに近い現象がある。安倍首相に批判的な人たちのツイートから、「安倍死ね」という言葉がたくさん出てきたのに、唖然としたことがある。

 政治家の言動や政策に対する批判は、いくらでも厳しくやっていいが、生身の人間について、「死ね」だけは絶対に言ってはいけない。大人たちが、そういう言葉を平気で使うようになれば、それを子どもたちも見ているし聞いている。少なくとも20年前には、このような言葉は、普通の市民生活とはほとんど縁がなかった。

 立場や考え方を超えて、私たちは言葉の倫理を思い出さなければならない。安倍首相は、「日本を取り戻す」目標を掲げるからには、「まっとうな日本語の言語感覚」を取り戻すことにも、力を入れてもらいたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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