胃がんの手術では、トップ60病院に31の大学病院が含まれる。大学病院の平均手術数は91件で、医師1人あたりで16件だ。一方、大学病院以外の平均手術数は129件で、医師1人あたり24件だ。トップの3病院に限定すれば75件である。
今後、病院は生き残りのために、さらに「選択と集中」を加速するだろう。医師の稼動率が高まり、必要とされる外科医は減る。胃がんの手術をすべて専門病院で行うとすれば、現在、関東地方の胃がんを専門とする外科医の75%が職を失う。日本では病院に勤務する「臓器別外科医」が多すぎるのだ。
これは胃がんに限った話ではない。肺がんも同じだ。日本胸部外科学会によれば、2010年の呼吸器外科の手術数は約6万件。毎年2000件ずつ増加しているそうだ。このうち48%が肺がんで、手術を受ける患者の「平均年齢は70歳近くとなり、約10%が80歳以上の方々(同学会ホームページより)」らしい。前述したように、この年齢層は、今後、急速に減少していく。
一方、同学会が認定する呼吸器外科専門医は1,315人。260の基幹施設と385の関連施設で働いている。我が国の呼吸器外科手術をすべて専門医がやったとしても、手術数は年間46件、肺がんは22件だ。これでは技量は維持できない。
胃がん同様、患者は専門病院に殺到している。関東地方の場合、手術数が多いのは国立がん研究センター中央病院536件、同東病院442件、順天堂大学423件、神奈川県立がんセンター354件、がん研有明病院336件だ。この5つの病院の常勤医は合計で20人。一人あたりの年間の症例数は105件となる。
肺がんの手術をすべてこのレベルの専門病院で行えば、必要な専門医は274人でいい。日本胸部外科学会が認定する専門医のうち1041人(79%)は職を失う。
外科医の育成はアジアを見据えるべき
患者数が減少し、集約化が進むわが国で外科医を養成するのは容易ではない。専門病院で研修して、技量を身に付けても就職先はない。このような状況を考えれば、医学生や若手医師が外科を専攻しないのは合理的な判断だ。
女性が外科医を選ぶには相当の覚悟がいる。私がこれまで見てきた女性医師は、男性医師より権威に媚びる人が少なく、滅私奉公型の大学医局勤務に固執しない。彼女たちが将来性のない外科を敬遠するのは、ある意味で当然だ。これが一部の医師には「女医が増えたから外科医が減る」と映るのだから、物は言いようだ。
では、どうすればいいだろうか。わが国の外科は低成長領域だ。外科医が症例数を稼ぎ、経験を維持するには「成長国」で働くしかない。私はアジアと連携することだと考えている。米カリフォルニア大学サンディエゴ校の医師たちは、2017年に世界各地の外科医の不足と、それが原因で実施されていない手術数を推計した研究を「ランセット・グローバルヘルス」に報告した。
この研究によれば、アジアでの外科医不足は深刻だ。南アジア、東アジア、東南アジアでは、必要な外科医の21%、52%、52%しか供給されておらず、実施できていない手術数は年間に5,779万件、2,796万件、1,248万件と推計されている。
幸い、アジアの多くの国で日本の医師免許は通用する。上海出身の整形外科医で、現在福岡市内の病院に勤務する陳維嘉医師は「中国は日本人の医師にぜひ来てもらいたいと希望している」という。
アジアの経済発展は急速だ。人的交流も加速している。医療も例外ではない。アジアから若手医師を日本に受け入れ、日本からも腕を磨きたい若手外科医をアジアに派遣すればいい。外科医が腕を磨くだけでなく、臨床研究も加速するだろう。外科医の育成は日本国内に固執せず、アジアを見据えて考え直すべきである。
(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)