「親族はみな後悔の気持ちでいっぱいです。あとで調べたら、A氏は皮膚科や美容形成外科の分野で有名な医師だったと知り、驚きました」
はっきり書かせていただくが、巨泉さんはもう少し長生きできた。それも最期まで、QOL(生活の質)の面からも意識を失うことなく、穏やかな日常生活を送れたはずである。
在宅医の「不適格」さ
ではなぜ、そうはならなかったのか?
まずいえるのは、在宅緩和ケアを担当したA医師の「未熟」というか、「不適格」さである。通常、在宅医療は担当医の独断ではできず、看護師や薬剤師もベッドサイドに赴き、相談しながら進められることになっている。また、入院先だった病院との間に、患者の状況に関して十分な情報共有が求められる。
つまり、こうしたコミュニケーションが著しく不足していたと思われる。A医師は、単にモルヒネ等を投与すればいいとだけ考えていたようだ。
じつは、在宅診療における緩和ケアは、医師免許と麻薬使用者免許を持っていれば、どんな医師でもできる。臨床経験の有無は問われない。なぜなら、法的には緩和ケアをするための特別な講習や資格は定められていないからだ。つまり、経験などなくても、免許さえあれば医者なら誰でもできてしまうのだ。そのため、在宅診療を行う医師は玉石混交状態で、不適格な在宅診療医は全国にいっぱいいる。
国は数年前から、政策的に「看取り」を病院から「在宅」に変更し、在宅医を増やしてきた。現在、在宅での看取り(自宅で死を迎えること)は10パーセントほどだが、これを25パーセントに高めようとしている。
ということは、不適格な在宅診療医に任せたら、人間らしい最期は迎えられないということだ。残念だが、誰が適格で不適格かは一般にはわからない。情報公開もされていない。
日本の医療政策「在宅重視」の犠牲
次に、緩和ケアで使われる鎮痛剤だが、「モルヒネは怖い」という見方がある。しかし、それは誤解で、医療用麻薬は使い方さえ誤らなければ決して怖いクスリではない。日本では、「WHO方式がん疼痛治療」が普及しており、その治療が適切に行われている限り危険性はない。
要するに使い方が問題で、単に患者の痛みを楽にするだけのために投与するというのは、医者の“おざなり診療”の典型だ。疼痛治療の本来の目的は、「痛みを軽くすることで生活の質を高める」ことにある。巨泉さんは、モルヒネ投与で体力を落とし、意識を失うまでになってしまったが、本来は逆である。疼痛治療により体力が回復し、日常生活が楽になっていなければならなかった。
残念だが、巨泉さんの場合は、終末期に最悪の在宅医と日本の医療政策「在宅重視」の犠牲になってしまったというほかない。
(文=富家孝/医師、ラ・クイリマ代表取締役)