不思議なことに50年、100年スパンで見ると未来への大きな流れは変わりません。しかし、その流れの過程では、小さく渦巻いたり、突然支流が生じたり、停滞したり、一筋縄ではいきません。広告やブランドという常に半歩先、一歩先を見る仕事を長年続け、コンセプト関連の著作もあるブランド戦略ディレクターの江上隆夫氏が、自身のアンテナに引っかかってくる未来の種を「短期、長期の本質的な視点」を織り交ぜながら解説します。
今のお金に足りないこととは?
10月2日付当サイト記事『財布パンパン問題は、たった1枚のカードで解消できる?』では、お金の未来の姿について考えました。現状の機能はそのままで、利便性を高めるという方向です。では、機能である価値の「交換」「測定」「保存」という点で、お金の未来はどうなるのでしょうか。
すでに、金融や経済のグローバル化の中で、膨大なお金の動きはコントロールしきれなくなっています。いわば、お金というシステムが機能不全を起こしているのです。
この原因として、国家通貨そのものが時代遅れになってきていることが挙げられるかもしれません。そして、お金の機能不全をなんとかしようという試みが、少しずつ始まっています。
例えば、地域通貨という試みがあります。一時期のブームは終わり、現在は商店街やNPO法人が地域活性化の方法のひとつとして運用するケースがほとんどです。
個人的には、地域の中のエコシステムのように、国家通貨と欠点を補い合うかたちで流通できないかと思っていますが、まだ商品券程度の働きしかしていないものがほとんどのようです。
また、その流れで「自由貨幣」などの考え方が、あらためて注目を浴びています。自由貨幣というのは、時間の経過に伴って価値が減っていく貨幣で、「老化するお金」ともいいます。
もし、あなたの手元にある1万円が、1週間ごとに100円減る性質を持っていたら、どうでしょう。1年たてば、1万円は半分以下の4800円になってしまうわけですから、一刻も早くモノやサービスに変えたくなるはずです。
自由貨幣は、ドイツ人の実業家で経済学者のシルビオ・ゲゼルが、約100年前の1914年に出版した『自然的経済秩序』で発表したアイデアです。
世界的な児童文学作家のミヒャエル・エンデは、このゲゼルに影響を受けているといわれています。1973年に刊行され、日本でも100万部を超えるベストセラーになったエンデの代表作『モモ』は、時間貯蓄銀行と時間泥棒をテーマに展開しますが、時間をお金に置き換えて読むこともでき、経済も含めた現代社会への警鐘になっています。
個人的には、お金は「水」にたとえると理解しやすくなると思います。水は、人が生きていく上で絶対に欠かすことができないものです。古来、人は水の豊富な場所に住んできました。
井戸の水はのどを潤し、暮らしを支え、小川の水や雨は田畑に豊かな実りをもたらします。その循環の中で、私たちは生きています。しかし、水の量が桁違いになると、河川の氾濫や津波のように、甚大な被害をもたらします。
グローバリゼーションと金融テクノロジーの発展は、お金の暴力的な側面をあらわにしました。
お金を完全になくすことはできません。水ほどではないにせよ、私たちが生きていく上で欠かすことができないものだからです。しかし、お金の暴走は、甚大な被害を人間と社会に及ぼすという意味で、水による氾濫や津波と変わりません。
これは、今のお金のシステムや機能に、何かが決定的に足りないことを明らかにしています。
ビットコインに見る、新しいお金の可能性
2014年2月に、仮想通貨のビットコインが話題になりました。ビットコイン交換所のマウントゴックスが、85万ビットコイン(470億円相当)と現金28億円を消失したとして破綻、今年8月にはマルク・カルプレスCEO(最高経営責任者)が逮捕されました。
こうした経緯から、負のイメージが強いビットコインですが、調べてみると、現在のお金と大きな違いがあることがわかります。
現在私たちが使っているお金は、政府と中央銀行が発行をコントロールしています。つまり、肝心な部分はクローズで運用されているシステムなのです。しかし、ビットコインは無料かつオープンな決済システムで、世界中誰でも不正の有無をチェックできるようになっています。中央に管理者がいないため、運用の透明性という意味では、実に民主的な開かれたシステムなのです。
現在のお金と決定的に違うのが、「ブロックチェーン」といわれる、ビットコインの全取引を追跡可能にする記録技術です。今、私たちの間で取引されるお金の動きをすべて追跡・記録することは不可能ですが、ビットコインは09年の運用開始以来、すべてのお金の動きが記録されています。
そして、基本的には誰でもその記録を閲覧することが可能であり、非常に透明性が高いシステムといえます。
もうひとつ、現在のお金と大きく違うのが、最大発行量が決められていることで、上限は2100万枚です。政府と中央銀行が発行をコントロールする現在の通貨の場合、発行量は時の政府の政策や経済の都合によって決められます。
無限に発行できるということは、通貨の価値はゼロに向けて無限に下落する可能性があるということです。ビットコインは、可能な限り価値が下落しないように設計されているといえます。
価値の変動をコントロールできないという欠点もありますが、ビットコインは簡単には盗めず、消せず、改ざんもできません。さらに、前述したようにすべてが記録され、誰でも検証が可能です。ビットコインは、現在のお金とはまったく違う性質を持った、新しい概念の通貨といえます。
私はビットコインを実際に使用したことがなく、技術的な部分についても表面的な理解しかできていないと思います。また、世界規模で実際の通貨として使用するには大きな弱点(バーチャル性、ブロックチェーンデータの巨大さ、決済に時間がかかることなど)を抱えています。
しかし、調べれば調べるほど、お金の概念を大きく変える存在であることはわかります。ブロックチェーンをはじめとした革新的なシステムが、各国の政府や銀行、企業の注目を浴びていることは、覚えておいたほうがいいでしょう。
伝播投資貨幣「PICSY」の思考実験
もうひとつ、新しいお金の試みがあります。これはビットコインと違って、一種の思考実験ですが、お金の未来を考える上で欠かせないものとして紹介したいと思います。
2013年に発行された『なめらかな社会とその敵』(勁草書房)という本があります。これは、ニュースアプリ「スマートニュース」の共同創業者であり、当時は研究者でもあった鈴木健氏が、未来社会についての論考をまとめたものです。
この中に出てくるのが、伝播投資貨幣の「PICSY」です。その名の通り、価値が貨幣を通して伝わるように設計された貨幣です。
いったいどういう考え方で構想された貨幣なのか、詳しくはPICSYのHPを見ていただきたいですが、私は実に興味深いと感じました。
同書は、数学の苦手な私には理解不能な数式が頻出しますが、鈴木氏がどのような社会像を目指しているか、高い熱量と共に伝わってきました。
PICSYの概要を大雑把に伝えると、その人の社会に対する貢献度に応じて、持つ貨幣の価値(つまり購買力)が変動する貨幣です。私益ではなく、公益を考え、周囲に好影響を与えるほど購買力が上がっていく性質があります。
同書の「第5章 PICSY、その可能性と射程」には、PICSYがどのような意義を持つのか、以下のように語られています。
「PICSYは、企業における連結決算制度を人に適用したものだと考えることもできる」
「公平さを『その人のコミュニティへの貢献度に購買力が相関している状態』として定義しよう。『どれだけ社会に貢献したかに応じて購買力を与える』ことがPICSYにおける互酬制原理である」
「PICSYはすべてが投資の貨幣なので、レント(超過利潤)は存在しないことになる』
PICSYは、すべての取引を投資としてとらえ、人の意識が世の中への貢献に向くように設計されています。システムの構造はまったく違いますが、もしPICSYが実用化された際には、ビットコインのような仮想通貨として流通するのではないでしょうか。
もちろん、これは思考実験であり、PICSYを一種の地域通貨のように使っているという話も聞きません。しかし、実験であっても、今のお金と違うお金を構想することは、社会構造を大きく革新するパワーを内に秘めています。お金の未来を設計することは、人類の未来を設計することに等しいことなのですから。
(文=江上隆夫/ブランド戦略ディレクター)
【参考URL】
TechCrunch Japan『誰も教えてくれないけれど、これを読めば分かるビットコインの仕組みと可能性』
Crypto Currency Magazine『ビットコインが未来のお金に変化を与える9の理由』