名義預金として相続財産に
しかし、調査担当者が、父親の書いた「預金口座メモ」を見つけたことで、預金は父親が管理していた可能性が高まりました。預金口座メモには、妻や子供の預金残高と、それを合計した金額が書かれ、預金全体を把握、掌握していた様子がうかがわれます。
通常、個人個人が預金を管理するのなら、互いに預金額を知らせることはなく、またそれを同一のメモ書きに記す必要はありません。さらに、それの合計額を記載した事実は、預金全体を総合的に把握・管理する意図が見受けられます。このメモは、調査を受ける側にとって、かなり不利な証拠といえるでしょう。
しかし、妻はあきらめませんでした。預金口座メモは、銀行が父親と妻に家族全員の残高を知らせた際に、ふたりで書いたものであると主張しました。さらに、預金通帳は、自分は寝室のタンスの中で、父親は書斎の引き出しの中で、自己の責任において独立して管理していたそうです。
「メモをふたりで書いた」というのは、どういうことなのでしょうか。同じ紙に複数人が、簡単な数字の羅列を書く状況が想像しにくく、疑わしい。管理する場所についても、証拠がないので、なんとでも言えるでしょう。
調査担当者が確認を進めていくと、以下の事実が明らかになりました。
妻の預金は、収入やへそくりが原資であるとのことでしたが、妻の給与やへそくり相当額を合計しても、預金の金額には到底至らず、父親の資産が含まれている可能性が高い。また、子供が生活費を入れていたというのは、本人と家族がそう発言するのみであり、客観的な証拠はない。
こういった事実を踏まえ、妻や子供の名義の預金は名義預金であり、父親の相続財産であるとされてしまいました。その結果、これらの預金も相続税の対象となり、追徴課税が課されることになったのです。
家族に口座をつくらせて、そこに入金し、贈与があったように取り繕って満足感を得て、「自分はなんて良い父親なんだ」と考える方は、大勢いらっしゃいます。父親としては気分が良くとも、相続のときに困るのは残された家族です。余計な手間と税務調査のストレス、追徴課税を考えたら、粗忽な手段を取るのは良い選択とはいえません。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)