脱税の常套手段「無記名の割引債」、税務署はこうやって見破る!カギは銀行の顧客のアダ名!
元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きなブランデーは「アルマニャック」です。
かつては、相続財産を隠すために無記名債券がよく使われていました。無記名の割引債を購入し、それを現金の代わりに保管すると、たった紙切れ1枚ですが何百万円、何千万円の価値があるので、容易に隠すことができる、というものです。
割引債とは、額面から利子の分を差し引いた金額で購入し、償還時に額面全額がもらえる債券です。買ったら定期的に利息がもらえるのではなく、はじめに安く買って、満期時に記載された金額をもらうところが特徴です。「ワリトー」「ワリショー」といった商品名でも有名です。
相続税の税務調査では、銀行口座から多額の現金が引き出されたものの、使途が不明であれば、割引債の購入を疑うそうです。現金が引き出された日に引き出された金額と同じ額で購入された割引債がないか銀行を調べ、調査対象者の自宅では、いつ満期になるかを控えたメモやカレンダーへの記録がないかも調べます。
無記名債券を購入するときは、銀行の窓口へ行って代金を支払います。このとき、担当した銀行員は、お客の名前も住所も聞かず、身分証明書の提出も求めません。そのため、脱税を意図して無記名債券を買った人は、買ったことが税務署には絶対にばれないと思っています。
しかし、銀行は顧客を管理できないと不便です。もしかしたら、何度も無記名債券を買いに来る大事なお得意様かもしれません。窓口にいた担当者が顔を覚えたとしても、必ず同じ人が担当するとは限りませんし、人事異動があれば引き継ぐ必要があります。そのため、どうするかというと、客の特徴や性別を記録し、“あだ名”をつけているのです。
ある地方に、いつも「コニャック」と書かれたTシャツを着ている無記名債券のお得意様がいて、銀行では「ブランデーおじさん」と名付けられていました。この人物が脱税を行っていたそうです。
ブランデーおじさんは、まとまった現金が入ると、すぐに無記名債券を買いに行きます。しかも、同じ支店で買い続けるのではなく、いろいろな支店に行っていました。しかし、どこの支店に行っても、特徴を記録され、あだ名で呼ばれています。
ある行政機関では、無記名債券の購入者をリスト化しており、調べれば誰が購入したかわかるようになっています。これは、銀行に行ってデータを収集し、同じ人物と思われるものを突合して収集した貴重な資料です。
銀行は、いくらお得意様といっても、無記名債券の購入者のあだ名を教えないわけにはいかないので、記録はどんどん吸い上げられていきます。その結果、名前や住所がわからなくても、無記名債券の購入者を推察し、本人への質問や現物調査によって明らかにすることができたようです。
無記名債券と脱税事件
2014年に、無記名債券を使った脱税が報道されました。
父親から無記名債券2億8000万円分を相続した男が、母親、弟、妹と共謀し、相続税8300万円を脱税したとして、告発されました。2億円の不動産については申告したそうですが、ばれないと考えたのか、無記名債券は申告しなかったようです。
また、無記名債券は故・金丸信元自民党副総裁の脱税事件で使われたことでも有名です。
金丸氏は、ゼネコンから定期的に金銭を受け取っており、その現金を隠すために無記名債権を買っていたそうです。はじめは自ら銀行に行って購入していたのですが、煩わしかったのか、次第に銀行員を事務所に呼んで手続きするようになり、収入を隠していました。この脱税には秘書がかかわっており、カネの一部は秘書の個人的蓄財にもなっていたようです。
脱税にうってつけの便利なものがあっても、見解の相違でもなんでもないやり方であれば、当然、行政側は警戒し、対策を講じています。「良いことを思いついた!」と安易に飛びついても、無申告はきっと見つかってしまいます。そして見つかれば、重加算税と延滞税でとてつもない金額を支払うことになります。「最初から払っておけばよかった」と後から考えても“後の祭り”なのです。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)