元国税局職員、さんきゅう倉田です。好きな生物は「蛇」です(ねずみを食べるから)。
1980年頃、「天下一家の会事件」という、日本で初めて、かつ最大規模のねずみ講の事件がありました。被害者は112万人、被害額は1900億円といわれています。
阿蘇にピラミッドを建てた団体としても有名で、集めた金で全国に16の施設をつくったそうです。主宰者は、天下一家の会設立から3年でさまざまなトラブルを抱え、2年後には所得税法違反の脱税容疑で逮捕・起訴されました。しかし、起訴後もねずみ講活動を行い、金を集めていました。
しかし、主宰者は脱税容疑以外では起訴されませんでした。その頃、日本にねずみ講を禁止する法律はなく、さらに、詐欺でも出資法でも罪に問うことはできませんでした。無限連鎖講の防止に関する法律、いわゆるネズミ講を禁止する法律は、この事件がきっかけで制定されました。
法人格がないのに法人税は発生?
実は、天下一家の会事件に関連して「熊本ねずみ講事件」という、税金の裁判も行われていました。
主宰者は、第一相互経済研究所というグループをつくり、グループの目的や会員資格に関する定款を定め、ねずみ講事業を行っていました。
また、グループには不動産収入があったため、法人税の申告を行っていました。しかし、ねずみ講の収入については申告しておらず、これに対し税務署は、このグループは「人格のない社団等」であり、ねずみ講事業は収益事業であるため、法人税84億円を納めさせる処分を行いました。
ちなみに、「人格のない社団」とは、「多数の者が一定の目的を達成するために結合した団体のうち法人格を有しないもので、単なる個人の集合体でなく、団体としての組織を有し統一された意思の下にその構成員の個性を超越して活動を行うもの」とされています。
ここで、ネズミ講を運営していたグループが、「人格のない社団等」であるのか、主宰者個人であるのかが争点となります。
グループ側は、ネズミ講は助け合い運動であり、収益事業に該当しないと主張しました。これに対し裁判所は、「グループは、ねずみ講の反社会性を隠蔽するため、そして世論対策と課税対策のためにつくられたものである。会員はグループへの積極的参加の意図はなく、ねずみ講の加入と経済的利益追求が目的で、付随してグループに参加しているにすぎない。主宰者以外にグループの中核的存在はなく、人格なき社団として不可欠の『構成員』は存在せず、グループは主宰者の替え玉あるいは隠れ蓑にすぎない」と判断しました。
税務署や国が主張した人格なき社団には該当しないという結論だったのです。ここからが複雑なのですが、この裁判を起こしたのは、当該グループでした。ただ、このグループは人格なき社団としての法人格を認められませんでした。
つまり、専門的には「原告適格がない」、簡単に言うと「グループには訴訟を提起する資格がない」ということです。
そのため訴えは却下され、税務署の行った法人税の課税処分は取り消されず、その分の法人税の還付も行われませんでした。その後、主宰者は破産したため、破産管財人が引き継いで、納めた法人税の返還を求める訴訟となります。
国の立場で考えると、人格なき社団であることが裁判で認められるか否かより、税の賦課・徴収のほうが優先すべき事項です。返還訴訟について、裁判所は「人格なき社団として認定したことには合理的な理由があり、その認定に誤りがあったとしても、処分が無効とはいえない」として、納付された法人税は返還されませんでした。
そもそも、ねずみ講の収益を主宰者が正しく申告した時の所得税と、人格なき社団として処分された際の法人税は、後者のほうが少なくなると考えられます。返還請求はするけれど、所得税は時効を過ぎているから納めないというのは、虫が良すぎます。どんなに悪いことをして儲けても、申告は正しく行わなければいけません。
(文=さんきゅう倉田/元国税局職員、お笑い芸人)