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牧野知弘「ニッポンの不動産の難点」

未完成の新築マンション、モデルルームだけで購入決定は危険…巨額販売費用が価格に上乗せ

文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役
未完成の新築マンション、モデルルームだけで購入決定は危険…巨額販売費用が価格に上乗せの画像1「Gettyimages」より

 新築マンションを買う場合、たいていは現場近くの販売センターに行って、センター内に設けられたモデルルームを訪ねるのが一般的だ。

 販売センターの中に設けられるモデルルームは、せいぜい1つないし2つだ。マンション価格はずいぶん高くなった。東京都内であれば、売り出されるマンションの平均価格が7000万円台にまで高騰している。こんなに高い買い物をするのに、消費者はまだ出来上がってもいないマンションのモデルにすぎない部屋を1つ2つ見せられるだけで購入を決断している。住宅がまったく不足している時代であればいざ知らず、なぜこんな販売形態がいまだにまかり通っているのだろうか。

 デベロッパーの立場からいえば、モデルルームを建設するのは実は相当おカネがかかるのだ。まず販売センターは建設現場内ではなかなか確保ができないので、現場近くの空き地を探して、これを借り受ける。通常は土地について、一時賃貸借契約を結んで販売期間中、地主へ賃借料を支払って借り受けることとなる。

 そしてこの土地の上にモデルルームを含む販売センターを建設することになるが、この建設費が馬鹿にならない。モデルルームや販売センターの内容にもよるが、販売センターの建設費は数千万円にも及ぶ。もちろんこの経費は、土地の賃借料とあわせて、販売コストとしてマンションの販売価格に上乗せされているのはいうまでもない。

 消費者にとっては、「まだ見えぬ」仮想のマンションについて、このわずか1つないし2つのモデルルームをみて「おおよそ」の判断をせよと迫られているわけだ。

高い買い物を「おおよそ」の判断で買う

 考えてみればこれはおかしな話だ。マンション1戸買うのは一世一代の大イベント。大金をかけて自らの「夢」を買うのに、消費者は実物を見ずにこれを買うことになる。これは明らかに「買う」側の消費者にとって不利な取引ではないだろうか。

 たとえば12階の5号室が希望住戸だったとする。これを買う消費者はまず、自分たちが希望するのと同じ間取り、仕様の住戸がモデルルームになっているかを確認する必要がある。ところが、必ずしも自らが買いたい住戸とモデルルームがピタリと一致するわけではない。

 同じような面積、間取りのモデルルームで「おおよそ」を確認するしかない。住むということは、住戸という空間だけでなく、日当たりや風通しだってチェックしたいところだが、モデルルームでは確認のしようがない。さらに、建物はまだ建設中だ。場合によっては、超高層マンションなどに多いのだが、まだ更地のままで、建設するのはこれからなどという場合もある。

 消費者は、販売センターにある完成予想模型やディスプレイ上で完成した場合のCG(コンピューターグラフィックス)などを見て部屋の位置や、そこからの眺望を「おおよそ」把握するしか方法がない。

 今どきの買い物で、こんなに情報の非対称性がある売り物も少ない。現代では何を買うにしてもネット検索でじっくりと品定めができ、販売価格も複数の店舗やサイトをチェックして、自分が納得できた金額と販売先から購入することができる。

 ところが住宅に限っては、戸建て住宅はともかく、分譲マンションのほとんどが、いわゆる「青田売り」という方法で売られている。実は先進国のなかで住宅を「青田売り」で売っている国は日本だけだ。欧米諸国などは建物が完成してから、消費者がじっくり確認して買うことが当たり前だ。日本ではなぜ、こんなにお高い買い物を、消費者は唯々諾々と「おおよそ」の判断で買ってしまうのだろうか。

 デベロッパーが「青田売り」をしたいのは当然だ。マンションは土地を仕入れてから、建物を建設し、竣工して消費者に引き渡すまで、1年半から2年、タワーマンションなどになると3年くらいかかる。

 その間にかかるコスト、つまり土地の購入代金、マンション建設中の建設コスト(建設代金は建物竣工までに何回かに分けてゼネコンに支払われる)、マンションを引き渡して販売代金を回収するまでの間の金利、モデルルームや販売員の人件費などの販売に関わるコストは膨大なものがある。
 
 これらの負担を少しでも和らげるために、「青田売り」を行っているのだ。たいていは、売買契約時に手付金を販売価格の10%から20%程度、建物竣工までの間に中間金として30%程度、そして建物竣工引渡し時点で残額を一括で支払わせる、といったものだ。
 
 デベロッパーとしては青田売りをすることで、投下した資金の一部を回収できれば、販売引渡しまでの期間中のもろもろの支出に対して発生する金利負担を軽減できる。マンション引き渡し時点までに地価が下がってしまっても、青田で契約しておけばその間のリスクを回避できる。

「青田売り」は単なるデベロッパー側の都合

 しかし、これは消費者にとってはあきらかな不平等契約だ。実際の建物ができる前に契約をしてしまうと、実際に引き渡される建物、自分の買った住戸、そして建物の出現によって出来上がる環境、全体の雰囲気といった「肌感覚」を含めたすべての取引を「おおよそ」で決めてしまうことになるからだ。

 住宅が絶対的に不足していた時代であれば、早く売買契約を結んでおかないと、お目当ての住戸を買うことができない。また物件価格がどんどん上昇する時代であれば、早く手当てすることによって、自分の住戸が値上がりすることが期待できるので「早く押さえておきたい」という欲求が一致し、「青田売り」「青田買い」は両者の希望が一致することになる。

 しかし、そうした要素がほとんどなくなってしまった現代においても、相変わらず「青田売り」が行われているのは単なるデベロッパー側の都合にすぎない。

 もちろん、消費者の側からいえば「買わない自由」がある。したがって、青田売りの物件には手を出さなければよいのだ。いっぽうデベロッパー側の理屈からは、建物竣工売りの場合は当然、引き渡しまでの期間中の金利分は販売価格に「上乗せ」する、ということになる。

 しかし、モノを買う場合においては、販売までの金利を乗せられるのはむしろ当たり前だ。まだ製品化されていない「できそこない」を買う人は稀だからだ。「おおよそ」で買ってあとから「こんなはずじゃなかった」と思っても、衣服などと違って、住宅は簡単にチェンジできない、いやだから着ない、ということもできない。

 そろそろこの悪しき習慣を消費者の側から拒否する時代になってもよいのではないだろうか。みんなが「おおよそ」で買わない決心をすれば、この習慣はおのずとなくなる。

モデルルームというポエム

 ところで、マンションを売る側であるデベロッパーから見れば、「青田売り」で建物竣工前にすべての住戸を売り切ってしまうためには、当然だが、モデルルームの「魅せ方」が極めて重要ということになる。

 消費者にとっては、マンションを買うということは、建物の専有部分、つまり自分たちが実際に暮らすこととなる住戸の中と、建物の共用部分、エントランス、エレベーター、郵便受け、宅配ボックス、共用廊下、植栽などの外構部分などがその対象となる。もちろん建物の外観も重要な判断要素だ。

 最近では共用部分にはさまざまな共用施設が整えられ、消費者の購買意欲を刺激する。大規模なマンションになると保育所が設置されているし、ラウンジ、図書室、パーティールーム、ジムなどその豪華さを競い合っている。モデルルームはその中でも一番のチェックポイントだ。消費者はモデルルーム(だけ)を見て、このマンションの中で暮らすイメージを膨らませるからだ。

「売る」側のデベロッパーは、このモデルルームにさまざまな仕掛けを施す。本来はマンションの販売は、あくまでもマンションという「ハコ」を売っているのにすぎないのだが、今どきのモデルルームに入ると、そこはテーマパークと見紛うばかりの豪華絢爛さだ。

 玄関には華やかな装飾が施される。壁にはきれいな額で飾られたシルクスクリーンが。天井まであるシューズボックスを開けると、小洒落たスニーカーやパンプス。大理石や御影石が敷き詰められた玄関床に散乱した靴はなくピカピカだ。

 リビングにはスタイリッシュな家具が置かれ、キッチンには生活感のない食材や調味料の類が並ぶ。寝室や子供部屋はきれいに整頓され、ちょっとした置物やさりげなく飾られた小物類に、このマンションで生活する夢が語られる。

 マンションによっては販売センターに入場するとすぐに、イメージビデオを観賞できるようになっていて、マンションで叶えられる、であろう生活シーンの数々を映像として映し出すことによって、消費者の購入意欲を高める工夫も施されている。

 しかし、ここで「買う」側はもう少し冷静になったほうが良い。自分たちが「買う」のはあくまでも「ハコ」であって、このハコを演出するポエムに惑わされてはならないのだ。「売る」側であるデベロッパーからいえば、子供部屋が4畳半で狭かったりする場合には、机やベッドを極小のものにする、などという手法は業界の中では常識だ。また、建具や造り付け家具などの仕様を実際は有料のオプション仕様であるものを、モデルルームでは、てんこ盛りで採用しているケースもある。

 モデルルームには、ポエムで語りかけ、消費者に「魔法をかける」仕掛けがてんこ盛りだ。モデルルームにおいては、そこにあるすべてが、お客様の「現実」よりもはるかに優れたものでなければ、客も大金を投じてマンションを買ってくれたりはしない。そのために、売ろうとする住戸を実際よりもよく見せる、「演出」をして客の購買意欲を増幅させようとするのだ。

 モデルルームに一歩足を踏み入れてくれれば、そこから先は、このマンションで満喫できるであろう、「新しい生活」、立地がお洒落で、誰からも「いいわね」とうらやましがられる、そんな空間を「魅せる」ことができる。日本では多くの消費者が、中古住宅よりも新築住宅を選ぶ傾向が強いのはこのモデルルームの「魔術」があるからといわれている。

 中古マンションは、どうしても売り手が住戸をすでに「使って」いる状態にあるので、実際の住戸を見学に行くと、生活感がべったり貼りついていて、正直あまり気持ちの良いものではない。売り手がすでに引っ越していた場合でも、売り手が残していった痕跡が住戸内のあちらこちらに散らばっていて、その「古臭さ」が気になるものだ。

 それが、モデルルームになれば、生活感は微塵も感じられずに、思いっきりマンションでの新しい生活が華々しく演出されているので、「いいね!」となるのも、むべなるかな、である。

 でも実際にそこで生活するのは当たり前だが買い手本人だ。新車と同じで、マンションも一旦住み始めれば、価値は下落し、そこには否応なく現実の生活が纏わりついてくる。きれいなはずの玄関もやがては靴が散乱し、キッチンはスーパーから買ってきた安売りの食材で埋め尽くされ、片付けができない夫や子供の脱ぎ散らかした靴下や子供のゲーム機で足の踏み場もない。これが現実だ。

 本当は中古住宅をじっくり眺めて、自分の生活と重ね合わせるほうが、余計な部分がそぎ落とされて物件の中身がよくわかるはずなのだ。モデルルームで繰り広げられるポエムと魔術にはくれぐれも「興味半分」程度でつきあうことだ。
(文=牧野知弘/オラガ総研代表取締役)

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

牧野知弘/オラガ総研代表取締役

オラガ総研代表取締役。金融・経営コンサルティング、不動産運用から証券化まで、幅広いキャリアを持つ。 また、三井ガーデンホテルにおいてホテルの企画・運営にも関わり、経営改善、リノベーション事業、コスト削減等を実践。ホテル事業を不動産運用の一環と位置付け、「不動産の中で最も運用の難しい事業のひとつ」であるホテル事業を、その根本から見直し、複眼的視点でクライアントの悩みに応える。
オラガ総研株式会社

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