65歳から80歳の“過ごし方が難しい”問題を、どう乗り切るのか?
江戸に学ぶ
いつの時代でも、人間、そんなに変わるところはないと私は思っています。現代からみると、江戸時代というのが特別な、現代とは異なった時代だと思いがちですが、たとえば、俳句は現在でも生き続けています。300年前の俳句が現在でも人の心をとらえるわけです。江戸時代は「人生50年」ですが、ほとんど戦いのなかった平和な江戸時代にひとつのモデルを求めることができます。江戸時代に「人生100年」の「江戸人」がいたのです。
その江戸人のひとりが神沢杜口です。杜口を知ったのは永井荷風の『断腸亭日乗』によるのですが、一般には森鴎外の『高瀬舟』の題材となった話が杜口の『翁草』のひとつの話であるということでも知られていると思います。鴎外にしても荷風にしても、明治から大正にかけても江戸の書物は読まれていたということです。
杜口は86歳で亡くなっています。つまり、80歳以上の老年による扶養期に達していたわけです。現在とは違って、栄養や医療の水準も低いと思われ、ましてや年金、健康保険、介護保険などの社会保険や社会保障がない時代、十分に長生きしたわけです。
杜口は四十数歳まで京都奉行所の与力、現在でいうところの京都府警の高級幹部を務め、体調を崩し隠居して娘婿に職を譲っています。つまり、30~40代という人生で働かなければならない時期に懸命に働いたということです。妻に先立たれて独り身であり、隠居することにより人生の後半は、ある意味自由人として過ごしているわけです。自由な後半人生のおかげかどうかわかりませんが、86歳までの長寿をまっとうしたわけです。
ここで字数が尽きてしまいましたが、今回は「人生100年、前半は懸命に働き、後半は自由に生きる」という視点について考えてみました。次回は、人生100年でもうひとつ大切な視点である「居心地の良い人生」について触れたいと思います。
(文=井戸美枝/ファイナンシャルプランナー)