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鈴木貴博「経済を読む“目玉”」

円安について世界一やさしい説明…際限なき物価上昇という絶対に避けたいシナリオ

文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役
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円安について世界一やさしい説明(「gettyimages」より)

 つい先日、ラジオ番組に呼ばれて「円安」の話をすることになりました。聴取者層が比較的若いというか、十代の中高生も聴いているラジオ番組だということで、とにかくわかりやすく今の円安について説明しました。かなり頭をひねって考えた結果、良い評判をいただくことができました。それを今回、記事にしてみたいと思います。

 題して「世界一やさしい円安の教室」です。生活をおびやかす円安について「よくわからない」と疑問をお感じの方、ぜひお読みください。

第1時限:円安って何が困るの?

 みなさんがなんとなく知っている通り、円と米ドルの交換比率は市場で決まっています。円を買いたい人、ドルを買いたい人それぞれの提示価格が一致する箇所でその瞬間の為替レートが決まります。最近流行のFXトレーダーなどが頻繁に通貨の売り買いをしているので、為替レートも1秒以下の単位ですばやく上下します。

 今、この原稿を書いている日についに為替レートは1ドル=145円になりました。1年前は1ドル=110円前後でしたから円の価値は1年で約4分の3に減ったことになります。

 円が安くなるということはドルで買い物をする際の価格が跳ね上がることを意味します。最近ハワイに出かけた人が「丸亀製麺で安く食事をすませたつもりが一人2000円かかった」と報告してくれました。なんでこんなに高くなるかというと、もともと日本よりちょっとだけ高い肉うどん(6.25ドル)に1個1.80ドルぐらいの天ぷら3つ選んだとして、合計が11ドルになるとします。消費税とチップを払うと支払いは14ドルぐらいになるでしょう。

 この14ドルが曲者で、以前だったら「1500円くらい?」と思っていたところ、1ドル=145円で計算し直したら、なんとなんと丸亀製麺での食事代が2000円になってしまうわけです。

 要するに円が安くなると、外国での買い物が高くなるわけです。それだけなら海外旅行に行く人だけの話ですが、日本で暮らしていても海外から買うものは全部高くなります。具体的には輸入する原油も高くなるのでガソリン代や電気代が上がりますし、輸入小麦が上がればパンやうどんの価格が上がります。国産の牛肉だって、育てるための飼料はアメリカ産のトウモロコシを使っていますから、やっぱり値段が高くなる。日本は資源も食糧も輸入する国なので円安が起きると庶民の生活は苦しくなるのです。

第2時限:円の価格はどう決まっているの?

 さて1ドル=145円になって「いくらなんでも円が安すぎる」と国民の不満が出ています。一方で10年くらい前に円高だった頃がありました。1ドル=80円の時代があったのですが、そのときは逆に輸出産業が苦しんで「円高不況」と呼ばれました。どうやら円は安くても困るし、高くても困るようですが、では適正水準とは何なのでしょうか?

 実際に世の中の意見を聞いていると1ドル=100円~110円あたりが妥当な水準だと言う人が多いようです。でも仮に1ドル=100円が適正だという場合、その根拠はいったい何なのでしょう。

 実は本質的には通貨の価格は「国際社会の中での日本の実力」に比例します。ちょっと難しいですか? もっとくだけた形で経済を芸人さんの世界に例えると、円の価格は「日本という国のギャラ」だと考えることができます。私が子供の頃は1ドル=360円という時代がありました。今と比較してもものすごく円安ですね。その理由は1970年頃までは日本は途上国だったからです。日本が経済的に実力がなかった。だからその時代、日本のギャラは低かったのです。

 ところが高度成長期に日本経済は発展して、どんどん経済的な実力が上がってきます。日本製品の品質がとてもよくなって、メイドインジャパンはお値打ち品になっていきます。こうして日本経済の実力が上がると、日本のギャラも上がります。これが円高です。

 1960年代には1ドル=360円だったのが1971年に308円になり、その後240円になり、1985年には「それでも日本のギャラが低すぎる」ということで1ドル=150円への大幅な円高が起きるのです。その当時はみんな大幅な円高と言っていましたが、それでも今の為替よりもまだ安いんですけれどね。

 そして日本経済が絶好調期を迎えるのですが、面白いことにこうして考えると円高は経済の成長から10年くらい遅れて起きているのです。ここも芸人さんのギャラと同じです。先に実力が上がって、世間の評価が上がって、その後でようやくギャラが上がる。

 なんでギャラが後から上がるかというと、芸人さんの場合はそのほうがスケジュールが埋めやすいという理由があるようです。実力が上がってすぐにギャラを上げると逆にテレビ番組などからお呼びがかからなくなる。だから人気が出るまでは安いギャラを維持してひたすら芸人さんを売り込むわけですが、それと世界経済もよく似ています。

 日本経済の場合、実力が上がって売り込みたいのは自動車やロボットなど輸出商品です。これらは円が安いほうがよく売れる。だから輸出産業はなんとかして円が高くならないようにとお祈りする傾向があるわけです。

 とはいえ国の経済の実力が上がっているのに通貨が安いままだと「それは適正ではない」という話になって、結局は円高の方向に動いていきます。中国の人民元も同じで、もともとは今よりも安い交換レートだったのですが、中国経済が発展していまや世界第2位の経済圏にまで成長した結果、人民元も2010年代に入ってやはり人民元高を経験するようになるのです。

第3時限:円の価格は何で動くの?

 さて、ここで疑問になるのは「とはいえ円の価格はなんで毎日、毎分、毎秒ごとに動くの?」ということです。円の適正価格が日本経済の実力だとしたら、今起きているように1カ月で為替レートが5円も円安になったりするのは、おかしなことです。実力はそんな短期間で落ちたりしないのです。

 実は円の価格にはもうひとつの要因があります。これもまた芸人さんに例えて言えば、本質的な価格は実力で決まるのですが、短期的な価格は人気で変動します。たとえば実力は同じでも『M-1グランプリ』で活躍したら人気が急上昇してテレビ番組から引っ張りだこになるとします。そうなると安いギャラではあっという間にスケジュールが埋まってしまうので、芸人さんのギャラは人気に応じて上げざるをえません。

 通貨もこれと同じで、今この瞬間に人気が高い通貨は通貨高になりますし、人気が低い通貨は通貨安になります。つまり今、急激な円安だということは、円の人気が下がっているのです。

 今年に入って急激な円安をひき起こした「不人気の原因」とは金利です。今、ドルの世界では金利が上がっています。アメリカの10年物の国債の金利は4%に近づいています。一方で日本の金利は歴史的なゼロ金利が続いています。銀行にお金を預けていても金利はほぼゼロというかスズメの涙ほど。

 それで何が起きたかというと、たとえば日本人が外貨預金を始めるのです。なぜなら、そちらのほうが金利が高いから。外貨預金を始めた人は、本人はそう意識していないかもしれませんが、実は「円を売ってドルを買って」います。これが今起きている円安の原因です。外貨預金を始める個人だけでなく、もっとたくさんの資金を動かす機関投資家も「今は円を売ってドルに投資をしたほうが金利が高くて儲かる」と考えます。世界中の投資家たちがそう考えるので、円ドルレートは人気のあるドルのほうが高くなるように動き、結果として円安が起きることになったのです。

第4時限:そもそもなんで金利差が生じたの?

 さて、円安が起きた理由はアメリカの金利が高くなったこと、そして日本の金利がゼロ金利だからです。金利の高いアメリカドルが人気になってドル高・円安が起きたのですが、なぜそんなふうに国によって金利が違うのでしょうか?

 その理由は景気対策にあります。実は今、日本でも値上げラッシュが起きていますが、アメリカはもっとひどいインフレが起きています。食品がつぎつぎと値上げといっても日本のインフレ率はそれでも2.6%程度、それに対してアメリカの今年6月のインフレ率はなんと9.1%にも達しました。

 特にひどいのがガソリン代の高騰で、自動車社会でもあるアメリカでは物価高で暴動が起きる寸前まで社会の不満がたまってきました。問題は今年11月にはアメリカでは中間選挙という大きな国政選挙が控えているということです。このままでは選挙に大敗するということで、アメリカのバイデン政権はインフレを抑え込む政策を金融当局にお願いしたのです。

 難しい説明を抜きにすると、経済学でインフレを退治するときに行うべきことが、金利を上げることです。アメリカはインフレを抑制するために金利を大幅に上げ始めたのです。一方で日本はもう20年以上、デフレ不況が続いています。デフレによる不況を退治するには逆にゼロ金利を導入したほうがいい。これがアベノミクスと呼ばれた方針で、日本はもう10年近くゼロ金利を続けています。

 それで日本が不況から脱出したのであればよかったのですが、残念なことに日本の不況はまだ続いている。だから日銀はゼロ金利政策を変えません。つまり不況対策に力を入れる日本と、インフレ対策に力を入れるアメリカの方針が違うことで金利差が生まれて、結果として大幅な円安が起きているのです。

第5時限:円安は悪いことなの?

 さて、ここで考えてみたいのは「円安は悪いことなのか?」という話です。日銀総裁や財務大臣のコメントを聞いていると「悪い円安などというものはない」「悪いのは急激な円安だ」というのですが、実はそれは間違っています。

 本当のことを言うと、短期的に円安が起きたり逆に円高が起きたりするのは本質的な問題ではありません。それで儲かる企業が出たり儲からない企業が出たりして大変といえば大変なのですが、やがて適正な為替水準に落ち着いていけば短期的な問題として解決されます。

 それよりも本当に困るのは「日本の実力が下がること」、つまり日本のギャラが下がったところで定着してしまって円安から元に戻らなくなることです。さきほど為替レートは日本のギャラと同じだと言いました。芸人さんの場合、実力がついてギャラが上がっていったとして、いつかそのギャラがまた下がり始めることになります。

 経済も同じで、非常に長い歴史のなかでは繁栄した国がその後転落して、結果として通貨も安くなっていく現象が起きます。今はアメリカが世界で一番強い国ですが、その前は19世紀の産業革命時代、世界最強の国はイギリスでした。さらにさかのぼると大航海時代にはスペインが世界最大の強国でした。

 イギリスは今でも先進国で、イギリスポンドの実力も世界のなかでそれなりに高く評価されているのですが、実は産業革命の頃のイギリスポンドの価値のほうが今よりもドルに対して高く評価されていました。スペインは今ではユーロ圏の一員ですが、20世紀の通貨はペセタでした。このペセタはユーロ圏のなかでも決して強い通貨ではなかった。理由はスペインがかつての世界一から転落してヨーロッパのなかでも二流国になってしまったからです。

 それと同じで、今の日本経済には1990年頃の「世界経済を征服しそうだった頃」の勢いはもはやありません。今は金利差が原因で円安が起きていますが、ひょっとするとこの円安が続くなかで世界の人たちが、

「実は日本経済のギャラはこの安い水準が適正なんじゃないの?」

と考え始めるかもしれません。そうなると金利差とは別のもっと本質的な理由で円は安いところで定着してしまいます。そしてあらゆる資源や食糧を海外からの輸入に頼る日本では、物の値段がどんどん上がっていくことになります。これは日本人にとって嫌な未来でしょう。

 つまり短期的な円安は気にすることはないけれども、本質的な理由から長期永続的に円安が起きると日本経済にとってはよいことはない。それこそが悪い円安であって、日本がぜひとも避けなければならない未来なのです。

(文=鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役)

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

鈴木貴博/百年コンサルティング代表取締役

事業戦略コンサルタント。百年コンサルティング代表取締役。1986年、ボストンコンサルティンググループ入社。持ち前の分析力と洞察力を武器に、企業間の複雑な競争原理を解明する専門家として13年にわたり活躍。伝説のコンサルタントと呼ばれる。ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)の起業に参画後、03年に独立し、百年コンサルティングを創業。以来、最も創造的でかつ「がつん!」とインパクトのある事業戦略作りができるアドバイザーとして大企業からの注文が途絶えたことがない。主な著書に『日本経済復活の書』『日本経済予言の書』(PHP研究所)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)、『仕事消滅』(講談社)などがある。
百年コンサルティング 代表 鈴木貴博公式ページ

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