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【コロナ】安倍首相会見、手話通訳者は“命がけの仕事”だった…超高度なスキルが必要

文=小川裕夫/フリーランスライター
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5月4日の首相会見の様子。安倍晋三首相の横には、フェイスシールドを装着した手話通訳者が立つ

 今般、首相会見や知事会見といった官公庁で実施される記者会見には、必ずといっていいほど手話通訳者が同席している。これは、政府をはじめとする行政が発信・提供する情報が公的であり、広く伝えられなければならないと認識されているからだ。

 官公庁の記者会見で手話通訳がつくようになった出発点は、2011年の東日本大震災まで遡る。当時、被災状況や原発関連の情報は刻一刻と変わり、政府は断水・給水、計画停電、避難指示といった生活全般にかかわる情報を発信しなければならなかった。未曾有の危機を迎え、国民の多くは不安に苛まれていた。

 枝野幸男官房長官(当時)は1日に2回の定例会見を実施し、情報発信・提供に努めた。1日2回の会見と聞くと、枝野長官が情報発信・情報公開に熱心だったような印象を受けるかもしれないが、歴代の官房長官は平日の午前と午後の2回、定例会見を実施することが慣習化している。つまり枝野長官の会見も、そうした慣習に則って実施されていたにすぎない。官房長官は政府のスポークスマンであり、政府の意向を伝える代弁者でもある。

 東日本大震災の際、非常時のため枝野長官は定例会見のほか、臨時に記者会見を開くことはあった。会見は長時間にわたることもあり、その獅子奮迅ぶりからSNS上で「エダノ ネロ」がホットワードになる現象も起きた。

 しかし、枝野長官から発せられる情報が届かない人たちもいた。それが聴覚障害者の人たちだ。視覚障害者は音声によって情報を得ることができるが、聴覚障害者は字幕で情報を得るしかない。当時の技術では、生中継される官房長官の言葉を即座に字幕化できなかったため、聴覚障害者は情報面で大きなハンディキャップを負っていた。そうした聴覚障害者の声が枝野長官に届き、会見で手話通訳者がつくようになる。この決まりは、その後の首相会見でも踏襲され、今に至っている。

「枝野さんは障害者支援に力を入れていたわけではないのですが、困った人の声に対して真摯に耳を傾けたということでしょう。手話通訳をつけるというスタイルは、枝野さんが代表を務める立憲民主党にも受け継がれています。立憲が実施する大きな街頭演説では手話通訳者を同行させています。手配の関係などもあって、すべての街頭演説ではないのでしょうが、こうした動きが政党に関係なく広まり、最近ではさまざまな党の党大会や街頭演説といった集まりで手話通訳を見るようになっています」(全国紙記者)

 こうした流れを受けて、地方自治体も手話通訳の導入を積極的に進めている。先鞭をつけたのは鳥取県だ。鳥取県は13年に地方自治体として全国初の手話条例を制定。同条例が制定されたことによって、これまでは聴覚障害者や介助者、福祉関係者の一部の人たちだけで使用されてきた手話が正式に言語として認められた。鳥取県が手話条例を制定すると、ほかの自治体も追随するように手話条例を制定。都道府県のみならず、基礎自治体の市区町村でも手話条例の制定が相次いだ。

フェイスシールドの導入

 今般、新型コロナウイルス禍という国難を迎えている。緊急事態宣言が発出され、繁華街から人が消え、経済活動も停止している。そして、これまでは政治に関心が薄かった人々も、コロナ禍を機に政治に対しての関心を高め、テレビやインターネットで生中継される首相や知事の会見を視聴する人も増えている。

 会見をする首相や知事のかたわらに立つ手話通訳者たちを見て、当初は違和感を抱いた視聴者もいるだろう。首相や知事が感染防止の観点からマスクを着用しているのに対して、手話通訳者はマスクを着用していなかったからだ。

 実は手話は手の動きだけではなく、口の動きも重要な要素になっている。口の動きで表す言葉が変わるので、正確に情報を伝えるために口元を隠すマスクを着用できない。ウイルスに感染するという危険に身を晒しながら、手話通訳者たちは国民に情報を届けるという大任にあたっていたのだ。

 しかし緊急事態宣言の期限を延長すると表明した5月4日の安倍晋三首相会見では、ようやく手話通訳者にフェイスシールドが導入されたのだ。透明な板で顔を覆うフェイスシールドは、装着しても口元が隠れない。これなら、手話を正確に伝えることができ、同時に手話通訳者を飛沫感染のリスクからも守れるのだ。

「手話通訳は、政治家の言葉を瞬時に伝える仕事です。手話ができるだけでは務まりません。素早く発言内容を理解し、それを淀みなく伝える能力が求められるのです。いわばプロ中のプロ。仮に手話通訳者が新型コロナウイルスに感染してしまったら、替わりを見つけることは難しく、『そんな危険な仕事はできない』と拒否が相次ぐかもしれない。フェイスシールドで手話通訳者を守ることは、政府の義務でもありますし、情報のバリアフリーという観点からも非常に重要な取り組みです」(福祉業界関係者)

 政府や地方自治体が発信する公的な情報は、全国民の知る権利に応えるものであり、それを保障するための取り組みは与野党関係なく一丸で取り組まなければならない。また、国政のみならず地方でも導入を加速しなければならない

 今般、情報過多ともいわれる社会情勢だが、情報のバリアフリー化はまだ緒に就いたばかり。これから整備されていく必要がある。

(文=小川裕夫/フリーランスライター)

小川裕夫/フリーライター

小川裕夫/フリーライター

行政誌編集者を経てフリーランスに。都市計画や鉄道などを専門分野として取材執筆。著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『私鉄特急の謎』(イースト新書Q)、『封印された東京の謎』(彩図社)、『東京王』(ぶんか社)など。

Twitter:@ogawahiro

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