これを実現するため、安倍首相は「日銀総裁人事」と「日銀法改正」を人質に取り、白川方明日銀総裁を“恐喝”した。結果、表面上は副総裁と任期を合わせるという理由だが、明らかに白川総裁は政治的圧力により、任期を前倒しする辞任に追い込まれた。
もちろん、デフレ経済の責任の一端は日銀にもある。中央銀行である以上、政府の経済運営に協力するのは当たり前。しかし、白川総裁が「今、海外の多くの中央銀行で採用している政策の中で、日銀が採用してこなかった政策はほとんどない」と述べているように、日銀は世界の中央銀行の中でトップランナーとして金融緩和を進めてきている。
安倍首相陣営からは、日銀の量的緩和は不十分という意見が多く出されたが、中央銀行の総資産の対GDP比率は日銀が30%以上なのに、米国の連邦準備制度理事会(FRB)は20%に届かない。日銀は総資産の4分の3が国債だが、FRBは半分強でしかない。
日銀がこれまで金融緩和を継続してきたにもかかわらず、企業の貸出が伸びてこなかったのは厳然たる事実。「大胆な金融緩和」を行えば、貸出が増えると信じる根拠は希薄だ。とにかく量的緩和により、お金をばらまくことで期待インフレ率を上げて、インフレを起こしさえすればよいというのでは、企業収益や個人所得の拡大を伴わない“タチの悪いインフレ”が起こり、デフレよりも庶民の生活が苦しくなるのは、火を見るよりも明らかだ。
それよりも問題なのは、本来、デフレ経済は日銀の金融緩和不足という単純な原因に帰着するべきものではないにもかかわらず、デフレ解消の責任論から日銀法改正や総裁人事が検討されるのは、非常に危険な状況だ。
「政治の言うことを聞かない日銀は法律を変えて従わせる」「政治の言うこを聞かない総裁は辞めさせて、言うことを聞く人間に代える」というのでは、戦前の帝国主義と同じで、政府の暴走に対して、歯止めが利かなくなる恐れがある。
米国のFRBのメンバーであるセントルイス連邦準備銀行のブラード総裁ですら安倍政権と日銀の関係について、「いかなる経済体制においても中央銀行の独立性を損なうのは良い考えではない。日銀の独立性維持について心配している」とコメントしたほどだ。
もし、政治の都合で日銀総裁が交代させられ、都合の良い総裁が選ばれ、日銀法が改正されるようなことになれば、市場は日銀の金融政策やアナウンスメントを信じなくなる。「どうせ政治が日銀をコントロールしており、政治の言う方向に動くのだろう」と見られ、市場は日銀を見ずに、政治の顔色ばかりを見るようになる。また、首相が交代するたびに、あるいは政権が交代するたびに、民主党から自民党への政権交代がそうだったように、金融政策は政治の思惑によって一転二転することになる。
こうした事態は、日銀に対する信認が失われることになる。それは、「円に対する信認が失われる」ことと同義語だ。円に対する信認が失われれば、欧州でギリシャなどが経験したように、日本国債が売られ、円が売られ、金利が急上昇する可能性がある。
それでなくとも、安倍首相の消費者物価の2%上昇というインフレ目標は金利の上昇を伴う。特に住宅ローン金利の上昇は、国民生活に大きな影響を与えることになる。
デフレ経済下で都心のマンション価格も値下がりし、1LDKや2DKといった比較的に小さな間取りのマンションであれば、低所得者層と言われる人たちでも購入が可能になり、事実、多くの人たちが購入している。その住宅ローンの仕組みでは、「変動金利住宅ローン」が多く使われている。固定金利の住宅ローンに比べて金利が低く、返済額が少額で済むためだ。不動産業者は、低所得者層に対して、「頭金不要で月々の返済は家賃並み」を謳い文句に、変動金利住宅ローンを組み込んだマンション販売を進めている。
しかし、一度金利の上昇が始まれば、変動金利の住宅ローンは金利の上昇に伴って返済額が増加していく。給与が増えなくても、住宅ローンの返済額だけが急増する。当然、返済ができなくなる。“いつか来た道”そして“最近米国で見た道”=“自己破産への道”だ。
米国のサブプライムローン問題と同様に、住宅ローンが返済不能になり、自己破産が増加する。それも、低所得者層が中心になる。金利上昇が確実に家計を蝕み、生活苦という病魔を植え付ける。(後編へ続く)
(文=鷲尾香一/ジャーナリスト)