最悪の結末となった日本人人質事件ーー「テロに屈しない」ために“教訓”とすべき姿勢とは
2人の日本人が、自称「イスラム国」(ISIS)に拉致・監禁された事件は、湯川遥菜さんに続き、ジャーナリスト後藤健二さんまで殺害される、最悪の結果となった。私自身も、大きな衝撃を受けている。
●敵を見間違えてはいないか
それまでISISの問題は、日本ではどうしても“対岸の火事”の感があった。それが突然、事件の報道を通じて私たちの日常に飛び込んできた彼らは、10日以上にわたって日本の政府と人々を翻弄。揚げ句に、後藤さんを殺害した際には「日本にとっての悪夢を始める」などとする声明を公表した。
もっとも、彼らは初めから日本人を狙って事件を起こしたわけではないだろう。捕らえた外国人がたまたま日本人であり、それを利用する趣旨で一連の要求があったのではないか。彼らはヨルダンでの死刑囚奪還の目的は遂げなかったものの、欧米でも多くの報道がなされ、自分たちの存在感を示すという“成果”を得た。日本がアメリカを中心とする「有志連合」の一員として敵視されていることは明らかで、今後も日本人が事件に巻き込まれる危険性は否定できない。
今回の事件に臨んで、日本政府は「テロには屈しない」と言い続けてきた。後藤さん殺害の映像が配信された直後も、安倍首相は「痛恨の極み」と述べつつ、「日本がテロに屈することは、決してありません」と断言した。
テロに屈しない。その通りだろう。大事なのは、そのために具体的に何をどうするか、私たち自身が考えることだ。
先月20日にISISが2人の映像を公開し、日本に2億ドルの身代金を要求して以来、多くの人が2人の無事を願った。湯川さん殺害の後も、後藤さんの命を救おうとたくさんの人が声を挙げた。しかしインターネットの世界では、事件を政治的なアピールに利用しようとする残念な発言も実に多く見られた。
それは、一方では、このような事態になったのは安倍首相の責任だと糾弾し、退陣を要求する声。ネット上のみならず、官邸前で後藤さん救出のアピールを行った人々の中にも、安倍首相を敵視する表示や、安倍政権の政策に反対するプラカードなどが見られた。集団的自衛権や憲法改正の問題は大事だが、後藤さん救出のための動きに乗じて、そうした政治主張を展開するのは違うのではないか。
もう一方には、政権を擁護するあまりか、「自己責任」を言い募りデマまで飛ばして、被害者である2人を批判する声がある。田母神俊雄・元航空幕僚長のように、「後藤健二さんと、その母親の石堂順子さんは姓が違いますが、どうなっているのでしょうか。ネットでは在日の方で通名を使っているからだという情報が流れています」などとデマを拡散した揚げ句、母親の謝罪がないと、これまた事実に基づかない非難をしている者もいた。
いずれも、敵を見間違えている、といわざるをえない。今回の事態について非難されるべきは、被害者でも日本政府でもなく、非道なテロ行為を行っているテロ組織にほかならない。
●必要な検証と今後の支援
拉致や殺害によって人々に恐怖を与え、自国の政府を非難させて政情を不安定にさせようというのは、ISISの常套手段。ヨルダンでも、拘束された空軍パイロットの救出を求める声が政府批判の動きにもなっている。これもISISにとっては“成果”だろう。また、被害者の責任をあげつらうことも、非難の矛先をそらすことになる。どちらも、ISISの宣伝戦に乗せられているとしか思えない。
そう指摘すると、「政府に対する批判をしてはいけないというのか」と逆ギレする人が少なくない。もちろん、そんなことを言っているのではない。大事なのは、テロリストに躍らされるのはやめようということだ。
「テロに屈しない」とは、衝撃や悲しみや憤りの中でも理性を失わず、テロリストが望む行動はとらないというのが基本だろう。そして、私たちの日常や社会を彼らに支配されない、日本の国の基本的方針をテロによって動かされない、ということではないか。
そのためにも、事件をしっかりと検証し、できるだけ影響を受けないための対策をとることは必要だ。
例えば、事件が起きてからの政府の対応や対策。湯川さんが拘束されたのが昨年8月中旬。この時に、首相官邸に情報連絡室、ヨルダンに現地対策本部が設置された、と報じられている。
なぜ、ISISとの間にパイプがあるとされ、自国民が拘束された際に救出に成功したトルコではなく、ヨルダンだったのだろう。過去に拘束され生還したフランス人記者4人などは、トルコの国境近くで解放されたと報じられている。今回も、後藤さんを釈放する代わりに、ヨルダンに拘束されている女性死刑囚をトルコ国境まで連れてくるようにと彼らは要求してきた。
また、空軍パイロットの救出を求めて政府批判が盛り上がるなど、後藤さんを巡るISISの要求が、ヨルダンの政情にも影響を与えることになってしまった。日本政府があえてヨルダンに本部を設置したことが適切な判断だったのかは、見直す必要があるのではないか。
あるいは、日本が行っている人道支援。安倍首相は、「中東への食糧、医療などの人道支援を、更に拡充してまいります」と述べた。日本として「テロに屈しない」ことを示す、正しい態度表明といえよう。ただ、その人道支援のあり方は、さまざまな専門家の意見を聞いて、再検討していく必要はあるだろう。
例えば、当初ISISが2億ドルの身代金を要求してきた時、同組織の司令官とも交流があるというイスラム法学者の中田考氏は、ISIS支配地域でも活動を続けている赤新月社(赤十字社)を通じて、同額の支援をすることを提案した。軍事に転用されないよう援助は食料、医薬品、毛布等の暖房器具など、人道支援にしか使えない物資に限り、分配は現地の組織に任せればよいという。
金額はともかく、ヨルダンやトルコに逃れた人々だけでなく、シリア国内で難民となっている人々にも人道支援を行う、というのは1つの提案ではないか。