日本銀行のマイナス金利政策の導入で、黒田東彦・日銀総裁が政策目標として呪文のように唱えている「デフレ経済からの脱却」が夢に終わることが確実になった。むしろ、「デフレ経済への回帰」が決定的になったといえるかもしれない。
1月29日に日銀が金融政策決定会合で「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定し発表してからわずか11日後の2月9日、10年物国債指標銘柄利回りが債券市場でマイナス0.035%まで低下し、史上初のマイナス金利を付けた。
この10年物国債指標銘柄利回りは一般に「長期金利」と呼ばれているもので、住宅ローンの金利を決める際の基準金利になるなど、われわれの生活にも密接に関係している。確かにマイナス金利を付けて以降、すでに住宅ローン金利の引き下げなどが出始めており、一定の金利低下は期待できそうだ。
しかし、マイナス金利を日本よりも先に導入したスイス、デンマークの前例を見ると、貸出金利は住宅ローンを含めて高止まりしており、一部には金利引き上げの動きまで出ている。銀行はマイナス金利で利ザヤが縮小しているため、収益確保のためこのような行動に出ている。また、ATMなどの手数料の引き上げの動きが起きている。残念ながら、日本でも同様の動きになる可能性は十分に考えられる。黒田総裁も「ATM手数料の引き上げの動きなどが起こることはあり得る」と述べている。
それより問題なのは、保険や年金といった個人のセーフティネットが崩壊する可能性だ。そもそも、保険や年金など長期間の資金運用の中心は国債となっている。リスクが少なく、確実に運用実績を上げられるためだ。その国債がマイナス利回りになれば、運用は崩壊する。生命保険は予定利率の引き下げが市場金利の低下についていけず、逆ザヤ状態が拡大するのは間違いない。配当金の支払いができない状況に陥るのは確実だ。
すでに、生保各社は運用方針の見直しを行っており、より高い運用実績を目指して外国株や外国債券での運用比率を高めようとしている。しかし、こうした運用は為替リスクを抱えることにもなり、運用に失敗するリスクも高まる。年金運用も、ほぼ同様の状況になっている。
個人だけではなく、企業にも影響は及ぶ。マイナス金利により、運用実績が上がらなくなれば、企業の資産運用も影響を受ける。その最たるものは「退職給付債務」だろう。つまり、退職金支払いのための積立金だ。計画通りに運用が進まなければ、退職金の支払いに支障が出てくる可能性がある。