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江川紹子の「事件ウオッチ」第57回

自白を強要した捜査当局、無実の訴えを否定した弁護士…再審開始決定が出た【松橋事件】とは

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熊本地検は松橋事件の再審開始を認めた熊本地裁の決定の取り消しを求めて即時抗告したが、これまでの冤罪事件への反省はないのかーー。(画像は熊本地検HPより)

 熊本地裁が、31年前に熊本県下益城郡松橋町(当時、現在は宇城市)で起きた殺人事件、松橋(まつばせ)事件で宮田浩喜さん(83)の請求を認め、再審開始を決定した。自白以外に事件と宮田さんを結びつける証拠はなく、再審請求審には、その自白と決定的に矛盾する証拠が提出された。しかし、熊本地検はこの決定を不服として即時抗告した。

物証が破綻を明らかにした自白調書の内容

 本件の被害者は、町営住宅に一人暮らしの男性Aさん(59)。1985年1月8日朝、刃物で首を中心に15カ所も滅多刺しにされた遺体で発見された。宮田さんは、同月5日夜に知人のBさんと一緒にAさん宅で飲食していたが、ささいなことから口論となり追い出された。原審判決によれば、帰りがけに「Aさんに対する憎悪の念を急激に高め」た宮田さんは、家に戻ると小刀に古いシャツの一部の布を巻き付け、軍手を二重にはめるなどの支度をしてAさん宅に向かい、途中、自宅に戻るBさんを送るAさんの後をつけるなどした後、同月6日午前1時半頃、自宅に戻ってテレビを見ていたAさんを襲った。その後、宮田さんは軍手や小刀に巻き付けた布などを燃やし、血のついたジャンパーを洗濯するなどして証拠隠滅した、となっている。

 ところが、再審弁護団が調査したところ、熊本地検に保管されている証拠品の中に、スポーツシャツを切った布片5点があり、それを組み合わせると完全な形でシャツが復元された。

 この布片のうち3点は、宮田さんが逮捕された翌日の1985年1月21日に領置され、1点は2月5日に押収されたもの。そして、宮田さんの2月6日付警察官調書には次のような供述が記されている。

〈ここでつなぎ合わせて貰いましたところ4片に分かれており、切れ目も合ってほぼシャツの形になりましたが、左側袖が肩口から全部ありませんでした。私がこの左袖を切り開いてウエスとして使っていたものを切り出し小刀の柄の部分に巻いたり、自転車のハンドルを拭いたりしたもので、あとで風呂焚き口に燃してしまったのです〉

 宮田さんが殺人罪で起訴されたのは、2月10日。もう1片の布片は、その4日後に領置されている。それがまさに、燃やしてしまったはずの左袖部分だった。そもそも、この布片が調書に上がってきたのは、凶器とされた小刀の柄から、まったく血液反応が出てこなかったため。その理由として、「柄に布を巻いた」という説明が調書化された。ところが、最後に領置された左袖部分にも血痕はなかったのだ。

 それにもかかわらず、布片はいずれも裁判に証拠提出されることはなく、一審判決を読む限り、裁判でその提出が争われたこともなかったようである。その間、左袖部分はどこに保管されていたのだろうか。警察が隠していたのか、それとも検察が隠していたのか。物証によってストーリーが破綻しているにもかかわらず、その事実が伏せられ、「自白」に基づく有罪を主張し続けたことについて検察は、深い反省とともに自らを厳しく検証しなければならないはずである。

 郵便不正事件で無実の村木厚子さん(前厚生労働事務次官)を逮捕・起訴し、主任検事が証拠の改ざんまで行っていたことが明らかになった後、最高検は倫理規定「検察の理念」を策定した。そこには、このような文言も記されている。

〈あたかも常に有罪そのものを目的とし、より重い処分の実現自体を成果とみなすかのごとき姿勢となってはならない〉

〈自己の名誉や評価を目的として行動することを潔しとせず、時としてこれが傷つくことをもおそれない胆力が必要である〉

〈権限行使の在り方が、独善に陥ることなく、真に国民の利益にかなうものとなっているかを常に内省しつつ行動する、謙虚な姿勢を保つべきである〉

〈無実の者を罰し、あるいは、真犯人を逃して処罰を免れさせることにならないよう、知力を尽くして、事案の真相解明に取り組む〉

 今回の再審開始決定を不服として即時抗告した対応からは、検察はわずか5年で、この「検察の理念」を投げ出してしまったのだろうかとの疑いを生じる。

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