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江川紹子の「事件ウオッチ」第57回

自白を強要した捜査当局、無実の訴えを否定した弁護士…再審開始決定が出た【松橋事件】とは

文=江川紹子/ジャーナリスト
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問題の多い「任意」での取り調べ

 再審請求では、凶器に関する新たな法医学鑑定も、弁護側から提出された。それによると、被害者の体の15カ所の傷口のうち、2カ所は、宮田さんの小刀よりも幅が狭く、凶器としては矛盾する。熊本地裁は、この鑑定も、前述の布片に関する証拠を「特に重要」と位置づけた。そして、新旧証拠を総合して検討したうえで、次のように判断した。

〈自白のみで確定判決の有罪認定を維持し得るほどの信用性を認めることは、もはやできなくなった、といわざるを得ない〉

 再審開始という結論はともかく、そもそも「自白」を支える物的証拠は何もないのに、「自白」に全面的に依拠して宮田さんを有罪にした原判決の判断が適切だったのかも、大いに問われなければならない。

 しかも、その「自白」のつくられ方が大いに問題だ。

 宮田さんは、Aさんの遺体が発見された1月8日から逮捕される20日までの間に、9日間の「任意」での取り調べを受けている。その合計時間は74時間に及ぶ。出頭していない3日間も、自宅待機を命じられており、そのうち一日は刑事がやってきて、任意捜査の一貫として家の中を見るなどして帰った。取り調べの中で、ポリグラフ検査で陽性反応が出たという追及も受けた。1月20日は、出頭を拒否したのに警察官3人が押しかけて「任意」の取り調べを行った。いつ終わるかわからない「任意」での取り調べに、追い詰められた宮田さんが「否認のまま逮捕してくれ」と訴えたことは担当刑事も認めている。

 こういう取り調べを、果たして「任意」と呼べるだろうか。

 原審では、「自白の任意性に疑いを抱かしめる程の強制的なものであったとは、到底認めがたい」としている。取り調べの任意性に関しては、今回の再審開始決定を出した熊本地裁も、「原審を支持できる」とした。「任意性」に関する認識は、今に至るまで裁判所はなんら進歩がない。

 これまでの冤罪事件でも、「任意」の取り調べによって、虚偽の「自白」がつくられたケースがいくつもある。しかも、今回の決定を見る限り、裁判所の「任意性」に関する認識は昔と少しも変わっていないようだ。それをふまえれば、冤罪を防ぐためには「任意」捜査の段階でも、取り調べの可視化が行われなければならない。

 先の国会で成立した刑事訴訟法等の改正により、殺人など裁判員裁判対象事件では、逮捕した被疑者の取り調べは、すべて録音・録画を義務付けられた。しかし、「任意」の段階は対象に入っていない。また、逮捕されたら当番弁護士を呼ぶことができ、勾留されれば国選弁護人を頼むことができるが、「任意」の段階で弁護人を頼むとすれば自分の費用で弁護士を雇わなければならない。

 そのため、資力のない被疑者の場合、松橋事件と同じように長々と「任意」の取り調べを行って「自白」に追い込むという“捜査手法”が取られかねない。その際に無理な取り調べがあっても、証拠がなければ裁判所はなかなか「任意性」を否定しないのは、捜査側にとっては好都合だ。

 そんな中で冤罪を防ぐためには、犯人としての嫌疑をかけている者を取り調べる以上は、「任意」であっても、警察署や検察庁に出頭させた場合は録音・録画を義務付けるべきだ。本人の自宅などで行う場合も、できるかぎりビデオ撮影を、それが無理な場合も録音は採っておく必要がある。今回の法改正では、可視化に関して法施行3年後に見直しを定めているが、こうした問題点は3年を待たずに、是正すべきだ。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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