政府が「ジビエ(野生鳥獣肉)」を普及させるために躍起になっている。今年5月には、来年度に全国で12のモデル地区を指定し、狩猟者の育成や流通体制の確立を目指すなど、利用拡大の方針を決定した。最終的には、2019年度にジビエの消費量を倍増させる考えだという。
その一方、ジビエを取り巻く現状はかなり“お寒い”と言わざるを得ない。消費者からすると、ジビエが毎日の食材選びや外食の選択肢として根付いている雰囲気は、実感としてゼロに等しい。
政府が旗振り役を務めているにもかかわらず、なぜジビエの普及が進まないのか。その背景には、ジビエ産業の構造的な問題がある。
ジビエ振興、裏に鹿やイノシシの深刻な害獣被害
ジビエとは、狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語だ。日本ジビエ振興協会のホームページでは、捕獲数の多い鹿やイノシシをはじめ、野うさぎや真鴨など、狩猟対象となる野生鳥獣はすべてジビエに定義されている。
「ジビエ振興の背景には、野生鳥獣による農作物被害が大きく関係しています。増え続ける鹿やイノシシは森林や田畑を荒らし、樹皮や植物を食べ尽くす。その被害総額は年間約200億円といわれるほど、深刻化しています。このような害獣被害を狩猟によって抑制すると共に食肉にすることで無駄にせず活用するというのが、ジビエ振興の名目です」
そう語るのは、ジビエ問題に詳しい日本オオカミ協会会長で東京農工大学名誉教授の丸山直樹氏だ。
「被害の多くは、鹿、猿、イノシシによるものです。その現状は想像以上にひどく、農業者の方々の間では『一生懸命やっても荒らされるなら、つくる意味がない』と農作放棄が起こっているほど。また、野生鳥獣が道路に侵入してくることにより、北海道だけで年間2000件前後の交通事故も発生しています」(丸山氏)
交通事故は自動車との衝突だけではなく、鹿やイノシシが列車と衝突して電車が破壊されたりダイヤが狂ったりするケースもあり、その被害額は年々増加している。こうした被害を減らすために、政府はジビエを普及させようとしているわけだ。
では、なぜ肝心の普及は進まないのか。その理由のひとつが、ジビエ肉に潜む「寄生虫」というリスクだ。
厚労省が注意喚起、ジビエの生食で死亡例も
岐阜大学が13年から15年にかけて岐阜県の長良川と揖斐川水系で捕獲された野生の鹿とイノシシを調査したところ、高い割合で人に感染する寄生虫が検出された。
鹿の場合、人間の体内に取り込むと食中毒症状を起こす恐れがある住肉胞子虫が、食用部位である背ロースとモモからそれぞれ90%(60頭中54頭)、88%(59頭中52頭)の割合で検出。イノシシも、それぞれ46%(26頭中12頭)、43%(21頭中9頭)となっている。また、鹿の肝臓からは、人間に感染すると肝炎や胆管炎を引き起こす槍形吸虫も検出されたという。
そのため、厚生労働省もホームページで以下のように注意喚起している。
「生または加熱不十分な野生のシカ肉やイノシシ肉を食べると、E型肝炎ウイルス、腸管出血性大腸菌または寄生虫による食中毒のリスクがあります。ジビエは中心部まで火が通るようしっかり加熱して食べましょう。また、接触した器具の消毒など、取扱いには十分に注意してください」