神戸山口組の中核組織である四代目山健組が大きく揺れ動いている。
事の発端は、神戸山口組の二次団体である太田興業の幹部が、深夜にしたたかに酔った状態で四代目山健組傘下の二代目兼一会(神戸山口組三次団体)事務所を訪れたためだったと、捜査関係者らは話す。
「大阪ミナミの繁華街といえば、二代目宅見組(神戸山口組二次団体)と並んで二代目兼一会が勢力を誇っていることで知られている。その場所で、太田興業幹部がアンダーグラウンドビジネスを兼一会に断りを入れずにやっていたことで、なんらかのクレームが兼一会サイドから入ったようだ。それに承服しかねた太田興業幹部が深夜、酒に酔った状態で兼一会本部を訪れたことから、暴行事件に発展する事態にまでなってしまった」(捜査関係者)
大手メディアでもすでに報じられているが、その暴行事件で、太田興業幹部と行動を共にしていた任侠山口組の相談役が、兼一会組員らに暴行を受けたとみられている。
兼一会サイドが問題視したのは、訪れた太田興業幹部が敵方となる任侠山口組の相談役と一緒に酒を飲んでいた上に、兼一会本部へと訪れたことのようだ。兼一会サイドは、太田興業に対して、当の幹部への厳正たる処分を求めたといわれている。だが、太田興業側がそれを拒否したことから雲行きが怪しくなり始めてしまったようだ。
「山健組では、身内贔屓にならないようにと、慎重に事態の修復を図ろうとしていたはずだ。だが、処分を求める兼一会サイドと処分しないとする太田興業サイドとの間で、次第に抜き差しのならない展開に突入してしまったようだ」(同)
そうした矢先の2月11日、四代目山健組で統括委員長を務める二代目兼一会植野雄仁会長が突然、山健組から絶縁処分され、激震が走った。
「山健組執行部も、太田興業幹部に対してはお咎めなしで仕方がないという結論を出したようだが、それに植野会長が『納得がいかない』と反発。執行部会議にも欠席するという反抗的な態度を見せたため、山健組は即絶縁処分を下した。処分を受けた兼一会の事務所には傘下組織の組員らが瞬く間に集結し始め、100人を超える組員が事務所へと詰めかけたことを捜査関係者にも確認されている。対する山健組サイドも問題となった太田興業幹部の関係先に組員を派遣するなど一気に緊迫してしまったようだ」(神戸山口組関係者)
有名お笑い芸の実兄が最高幹部を務め、知名度は全国区
現在は一触即発上状態ともいえる状況で、今後は何が起きても現在おかしくないと関係者らは口々に話しているが、それは兼一会の戦闘力の高さゆえだろう。
武闘派組織として知られる四代目山健組にあっても、兼一会の勢力は山健組の保守本流といわれる健竜会に並ぶほどだといわれており、仮に神戸山口組傘下から割って出ても、単独団体として十分に運営していける組織力を維持しているとみられている。
ほかにも、兼一会を全国に知らしめた要因のひとつに、人気お笑い芸人Nの実兄が最高幹部として所属していることがあると取りざたされたことがある。
「山健組では今週に予定されていた定例会を植野会長が欠席すれば、なんらかの処分を下すのではないかとみられていたが、まさかそれを待たずに絶縁処分にするとは……。その裏には根深いものがあったのかもしれない」(関西独立組織幹部)
ある山健組関係者は、今回の植野会長の処分について、このように話している。
「植野会長は、どちらかというと任侠山口組が割って出るまで、織田さん(織田絆誠・任侠山口組代表)が中心となっていた山健組の運営に消極的だった。だが織田さんらの離脱後は、対任侠山口組の最前線に立つ形で新設された統括委員長に就任するなど、積極的に動き出していた。それゆえ、いつ神戸山口組の直参に昇格してもおかしくないともいわれていたほどだ。それほどの実力者だけに、山健組内部での反感もあったかもしれない。それが今回の絶縁につながったのではないだろうか」
植野会長の絶縁処分に異を唱え、兼一会全体が離脱すれば、3つに分かれた山口組とは別の、“第四の勢力”となる可能性すらある。それだけに現在、山健組だけではなく神戸山口組全体が緊迫した状態になっているといえるだろうし、今後の兼一会の動向次第では業界全体をも揺るがす事態に発展する可能性も否定できない。
現在、捜査当局ではそれらを踏まえて、これまで以上に警戒を強めているようだ。
(文=沖田臥竜/作家)
●沖田臥竜(おきた・がりょう)
2014年、アウトローだった自らの経験をもとに物書きとして活動を始め、『山口組分裂「六神抗」』365日の全内幕』(宝島社)などに寄稿。以降、テレビ、雑誌などで、山口組関連や反社会的勢力が関係したニュースなどのコメンテーターとして解説することも多い。著書に『生野が生んだスーパースター 文政』『2年目の再分裂 「任侠団体山口組」の野望』(共にサイゾー)など。最新小説『忘れな草』が発売中。