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競馬大吟醸 -中山記念な人々-「強い馬を負かす馬に賭けるのが"漢"」

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 春が来た。

 2月を意味する今年最初のJRAのG1も終わったことだし、まだまだ寒い日が続いているけど、とにもかくにも春が来たのだ。春の陽気に誘われるようにパッと薄手のコートを羽織って飛び出したものの、やはり外は凍えるように寒い。

 こんな日に寒さを凌ぐとしたら、競馬新聞片手に一杯やるしかないだろう。

 神社の裏の古びた路地を入ったところに、これまた古びた構えの江戸前寿司屋がある。営業中の看板と赤提灯がぶら下がっているが、旅客がぶらりと立ち寄れる雰囲気ではない。まだ昼間ということもあるが、暖簾(のれん)を上げて店に入ると、案の定カウンターに客の姿はなかった。

 くわえタバコのまま新聞を広げていた寿司屋の梅野こと"梅ちゃん"が「なんだ、アンタか」といった顔を向ける。カウンターの一番奥、いつもの席に腰掛けると、二階から降りてきた女将さんに熱燗(あつかん)を注文する。

 梅ちゃんが良いカンパチが入ったと声を掛けてきたが、安い鯵の造りを頼んだ。

「また競馬でスッたのかい?」「鯵が好きなんだよ」といつも通りの憎まれ口を叩き合いながら新聞を広げると、梅ちゃんが「今週の中山は凄いことになってるねえ」と言った。どうやら向こうも競馬予想をしていたようだ。

 週末の中山記念にはG1並みのメンツが揃っている。昔は格下のG2だったが、今じゃ海外遠征前の景気付けのようなレースになったらしい。ダービーを勝ったドゥラメンテに、皐月賞を勝ったイスラボニータロゴタイプ。クラシックの勝ち馬だけで3頭もいる。

 一応、何が来るのか梅ちゃんに聞いてみると、さも当然のような顔で「そりゃおめえ、アドマイヤグルーヴの倅(せがれ)には逆らえんよ」と得意げに答える。

 アドマイヤグルーヴの倅と言えばドゥラメンテだが、昨年のダービーを勝って以来だというのに、新聞はどこもぐりぐりだ。確かに去年の皐月賞とダービーでは度肝を抜かれたし、骨折さえしなけりゃ三冠馬だったかもしれない。

 しかし、半年以上休んでおいて、出てきた途端に主役面ってのが気に食わない。いかにも、「いいとこのお坊ちゃん」といった感じだ。

 そうなると個人的には、そのドゥラメンテにこてんぱんにやられた野武士リアルスティールのリベンジに期待したくなる。

「リアルスティールなんかに負けるかよ。もう同世代とは格付けが済んでるさ」

 確かに3馬身以上ちぎられたダービーを見る限り、逆転の目はないかもしれない。ただ、東京じゃ厳しいが、紛れのある中山の皐月賞なら接戦だった。

 しかも1800メートルならドゥラメンテに勝ったことだってあるし、中山なら菊花賞馬キタサンブラックと互角の競馬もしたことがある。菊花賞は2着だったが、もしかしたらこの馬のベストは中山の1800ではなかろうか。

 2杯目の熱燗の酔いに身を任せたまま、そんなことを調子よく考えていると、だんだんリアルスティールが勝つような気がしてくるから不思議なものだ。それが自分の高尚な予感なのか、ただの妄想なのかは日曜になってみないとわからない。

 単勝なら5倍くらいは付くとみた。もしドゥラメンテがいなければ2、3倍だったと思えば、案外おいしい馬券なのかもしれない。強い馬がいる時こそ、それを負かす馬に賭けるのが"漢"ってものだろう。

「そりゃ、リアルスティールも弱い馬じゃないけど、今回は相手が悪いよ。あれは化け物さ」

 そんなにドゥラメンテが好きなのか、その後も梅ちゃんの"御高説"は続く。ドゥラメンテがオークス馬ダイナカールから引き継がれた、由緒正しき一門の末裔であること。そこにノーザンテースト、トニービン、サンデーサイレンス、キングカメハメハが重ねられた日本を代表する超良血であること。

 私はそんな話を「まるで歌舞伎役者みたいな馬だな」と思いながら聞いていたが、逆にますますリアルスティールが買いたくなってきた。

「よし。今週はリアルスティールと心中するか」

 そう決心するついでに、いいことを思い付いたので「こっちも競馬界きっての良血だぜ。それにこっちは休養明けから一叩き、二叩きしてるんだよ」と言い返す。そうすると梅ちゃんは「なに言ってやがる。リアルスティールも菊花賞以来だろうが」と応戦してきたので、私も負けじと答えてやった。

「馬じゃない。リアルスティール鞍上で、『天才』福永洋一の息子・祐一の話さ――」