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“絶望の高原”を乗り切るためには?──『絶望読書』著者・頭木弘樹インタビュー

構成=清田隆之

──確かに「心の常備薬」くらいの気持ちで構えられると、取っつきにくい古典文学が身近な存在に感じられるような気がします。

頭木:古典文学って「教養」とか「読むと頭がよくなる」みたいなイメージがありますが、それって文学の役割としてはかなり薄いし、頭がよくなるとも正直思えない。だって、かの有名なゲーテの『若きウェルテルの悩み』だって要するに単なる失恋の話だし、読んだって別に頭はよくなりませんよ(笑)。また、今は「10分でわかる名作文学」みたいにあらすじを紹介するものも少なくありませんが、あらすじに意味のある作品なんてほとんどありません。それこそカフカの『変身』なんてあらすじだけ聞いても「何それ?」って感じですよね。でも、病気になった人が読むと途端に“ドキュメンタリー”になるんです。家族の描写とかすごくリアルだし、主人公が父親に投げつけられるあのリンゴも、何だか感覚的にしっくり来るものがある。そういう個人的な読み方をすればいいと思います。

──例えば国語の試験なんかだと、「作者はリンゴを何の象徴として書いたか答えよ」みたいな問題が必ず出ますよね。

頭木:そういう“正解”を探る読書は窮屈ですよ。カフカだってきっと、あのリンゴを何かの象徴として書いたわけではないはずです。それぞれの人にとってのリンゴがあり、そこにはいろんなものが当てはめられる。そうやって、読む人がそこにいろんなものを当てはめられるような作品だからこそずっと読み継がれているわけですよね。せっかく普遍的なものを書いたのに、一つの意味に閉じ込められるのは作者だって嫌だと思います。何百年も前の人が何を考えていたのか当てろって言われても困るし、そこに「当時の社会状況は」なんて言われた日には読む気だって失せます。カフカは引きこもりも介護問題もない時代の作家ですが、今『変身』はそういった観点からも読解されています。おそらく、「現実の法則」を捉えているから時代を超えて通じるのでしょう。古典文学はそこがおもしろいわけで、それぞれ自分を当てはめながら読めばいいし、「自分だけがわかってる」という気分になるのがいい読書だと思います。

──『絶望読書』のススメのように本に親しむ人が増えると、イチ文学ファンとしても嬉しい気がしますね。

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