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小池都知事の追悼文見送り問題、「関東大震災での朝鮮人大虐殺の歴史の否定につながる」

文・構成=長井雄一朗/ライター
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小池都知事の追悼文見送り問題、「関東大震災での朝鮮人大虐殺の歴史の否定につながる」の画像1東京都の小池百合子知事(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 東京都の小池百合子知事は、毎年9月1日に行われる、市民団体などで構成する実行委員会主催の「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に都知事名で追悼文を送ることを見送った。

 これに対して、在日本大韓民国民団東京地方本部(民団東京)は8月30日に東京都庁を訪問し、「流言蜚語によって人の手で命を奪われた人々への心からの追悼をして頂くことを強く要望」する内容を盛り込んだ要望文を担当者に手渡した。

 なぜ、小池都知事は追悼文送付を見送ったのか。背景には、3月の東京都議会において自民党の古賀俊昭議員が都立横網町公園にある「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑」の「あやまった策動と流言蜚語のため6千余名にのぼる朝鮮人が尊い生命を奪われました」との文言について「事実に反する」と問題視したことがある。

 これを受けて、小池都知事は「私自身がよく目を通した上で、適切に判断をいたします」と回答している。追悼文見送りの流れは、このときに生まれたといってもいいだろう。

 あらためて、韓国民団はこの件をどうとらえているのか。民団東京の鄭文吉(チョン・ムン・キル)事務局長と、金英一(キム・ヨン・イル)組織部長兼生活部長に話を聞いた。

「朝鮮人大虐殺の歴史の否定につながる」

――小池都知事は、朝鮮人犠牲者追悼式に追悼文を送付することを見送りました。今回、再考を求める要望文を都知事あてに提出しましたが、どのような思いですか。

鄭文吉氏(以下、鄭) 大変遺憾に思い、ぜひ再考していただき、今まで通りに追悼文を出してほしいと願っています。追悼文を取りやめることは、関東大震災での朝鮮人大虐殺の歴史を否定していると受け止めることにつながりかねないと思っています。それ以外にはありません。

金英一氏(以下、金) 小池都知事が「私自身がよく目を通した上で、適切に判断をいたします」と発言をされたことで、追悼文を送付しないのではないかという危惧はありました。

――関東大震災の発災後、「朝鮮人が井戸に毒を入れたり暴動を起こしたりしている」というデマが流布したようですが。

 当時の中央紙が壊滅状態になり、無線などの通信手段がない状態で人的交流もありませんでした。そこで、デマが飛び交う環境が整っていましたが、その内容は、今の「2ちゃんねる」などと同様であり、朝鮮人に関するデマだけではなく、地方紙では「富士山噴火」「横浜、伊豆諸島が海底に水没」「首相暗殺」「名古屋が全滅」「津波が群馬県の赤城山麓に到達」など、およそ考えられない間違った報道がなされていました。

 政府の戒厳令とともに、被災地やその周辺の地域では、住民らが自警団をつくり、軍や警察とともに数多くの朝鮮人を虐殺した「関東大震災朝鮮人大虐殺」が起こりました。

 内閣府中央防災会議の専門調査会が作成した「1923関東大震災報告書第2編」でも「デマによる朝鮮人殺害」について明確に記されており、数千人の朝鮮人が虐殺されたのは実証的にも歴史的にも動かしようのない事実です。

 当時の朝鮮人が井戸に毒を入れたり、組織的に暴動を起こしたり、軍や自警団と戦闘を起こしたりしたという話については、内閣府が明確に否定しています。

 インターネットなどでは、「地方紙が報じていたのだから、朝鮮人暴動はあったのでは」という声もありますが、当時の報道はデマや憶測をもとに書かれていました。一部の論評については、相手にする必要がありません。

「朝鮮人大虐殺についての議論自体が残念」

――その一方で、工藤美代子氏による『関東大震災朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版)や、工藤氏の夫である加藤康男氏による『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック)などの書物もそれなりに影響力を持っていますが、反論はありますか。

 確かに、いわゆるネット右翼の人たちが根拠にしているのは、工藤・加藤夫婦の本ですが、確証のない地方紙を論拠にして扇動しているのではないかと思います。それに対して、加藤直樹氏が『九月、東京の路上で 1923年関東大震災ジェノサイドの残響』(ころから)で当時の資料や証言を丁寧に拾い上げ、関東大震災における朝鮮人大虐殺の論点をしっかりとまとめ上げています。

 国が認めている関東大震災の朝鮮人大虐殺についての有無を議論していることは、大変残念なことです。東日本大震災や熊本地震でも、ネット上では「朝鮮人が毒を入れた」「家に侵入して泥棒を行っている」など悪意を持ったデマが流布し、また現代日本でそれを信じる人が存在したことも遺憾に思います。

 なかには、ある地方議会議員がそれを真に受けてネットで拡散するという行動に出ましたが、「人間というのは非常時の環境に置かれると翻弄される側面があるのかな」と考えています。

 そのため、今こそ関東大震災において朝鮮人を含めて日本人や中国人が虐殺されたことを心に留め、学んでいく必要があります。過去の教訓を改めて確認しておかないと、同じことを繰り返してしまう可能性もあります。

 今回の要望文では、あえてドイツのリヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー元大統領の言葉を引用し、以下の一文を盛り込みました。

「過去に目を閉ざす者は結局のところ現在にも盲目になる。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」

 先の大戦でもそうですが、私たちは平和を目指して生きていかなければなりません。人間というのは、ある局面では愚かにもなりますし、過ちも犯します、そこで学びも忘れてしまえば、また同じことを繰り返すのです。

「朝鮮人大虐殺は数の問題ではない」

――古賀議員が「朝鮮人大虐殺の数が6000人であることは不正確である」という意見を出し、それを根拠にするかたちで、追悼文の見送りや追悼碑の撤去を小池都知事に求めました。

 数の問題ではありません。そもそも、関東大震災では14万人以上の死者・行方不明者という通説でしたが、近年になって10.5万人の犠牲者に変わっています。日本でもそうなのです。当時、多くの朝鮮人は労働者として来日しました。今となっては、どのくらいの数の朝鮮人が虐殺されたかを知ることは大変困難です。

 実際、数千人が虐殺された事実は消しようがありません。数千人の朝鮮人が人為的に命を奪われたことは歴史的な事実であり、二度と繰り返してはならないのです。

 どんなに保守的でも、関東大震災においてデマに基づいて朝鮮人が虐殺されたことを認めている方々もいます。ただ、日本をかばいつつ「いつか、朝鮮人大虐殺についてはなくしてしまおう」という政治的意図が見え隠れしています。

 ちなみに、在日コリアンと日本人から構成される団体「ほうせんか」のメンバーは、フェイスブックで「前はこの時期になると準備で忙しい半面楽しかったけれど、最近は悪意をもって攻撃する人々の言動に疲れます」と感想を述べていました。

――最近の日本の「空気」については、どうお感じですか。

 北朝鮮のミサイル発射問題でも、日本は危機意識を煽りすぎで、やや恣意的なものを感じます。NHKで「太平洋戦争がなぜ起こったか」という検証番組を放送していましたが、それによると、政治家が国民を扇動したことで取り返しのつかない事態になったようです。

 戦争が起きると、最終的な犠牲者は双方の政治家よりも無垢な一般の国民です。今も、そういう状況に近いのかなと感じます。民団は韓国の利益だけを考えているのではなく、綱領にもあるように、日本地域の発展と東洋・世界平和の道を切り開くことが大きな運動方針です。歴史を教訓にし、未来に向けて活動したいと考えています。

――最後に、70周年を迎えた民団東京の将来について。

 日韓友好の機運を盛り上げるためにも、民団の存在感がますます高まっていくと思います。ただし、在日コリアン社会も多様性が求められています。私のように戦前からいる在日コリアンの子孫だけではなく、近年はいわゆる新規定住者も含めてさまざまな境遇の方々が、それぞれ定住して日本社会に基盤を築いています。

 ここで、民団がしっかりしないと、在日コリアン社会の根幹が揺らぐ可能性もあります。民団は、在日コリアン社会および日韓の平和と繁栄を願い、共生社会を実現するため、今後も民団は邁進してまいります。

――ありがとうございました。

日本人をデマに走らせた「憂慮」とは

 民団中央団長(第38・39代)を務めた朴炳憲(パク・ビョンホン)氏(故人)の『私の歩んだ道』(新幹社)には、関東大震災について以下のような記述がある。

「同胞に対する流言飛語は誰が、何の目的で流布したのか。1920年代は同胞の間で民族解放、独立運動などの機運が高まる時期だった。これに日本は朝鮮人とみれば何であろうと『不逞鮮人』と思い、彼らが拳銃や爆弾まで所持しているものと想像した。特に、日本の官憲は朝鮮人が無秩序状態に便乗し、決起するか日本に対する復讐でもするかと憂慮していたのである」

 筆者は、まさにこの「憂慮」がデマの根源ではないかと思う。1919年に朝鮮半島で独立運動「3.1運動」が起きるなど、関東大震災の当時は、必ずしも日本の朝鮮統治が盤石ではなかった時代である。この「憂慮」は当時、国民の一定数に共有されていたため、デマが拡大して朝鮮人大虐殺につながったのではないだろうか。

 怖いのは、現代日本にも悪意を持った「憂慮」を抱く人物が一定数存在しており、それがデマを流す愉快犯や確信犯の誕生につながっていることである。
(文・構成=長井雄一朗/ライター)

長井雄一朗/ライター

長井雄一朗/ライター

建設専門紙の記者などを経てフリーライターに。建設関連の事件・ビジネス関係で執筆中。

Twitter:@asianotabito

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