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江川紹子の「事件ウオッチ」第96回

【リニア談合】で再び問われる捜査手法…任意捜査でも取り調べの可視化を

文=江川紹子/ジャーナリスト

 家宅捜索などの強制捜査は、否認している被疑者に対する強い心理的圧力、あるいは脅しにもなる。さらなる強制捜査や関係者宅への強制捜査を避けたいという思いから、意に反する供述をしたという取り調べ経験者は1人や2人ではない。また、「任意」であっても、密室での威圧的な取り調べは、捜査官への迎合を生みがちだ。事実よりも検察のストーリーに沿う供述が出来上がれば、真相解明とは遠ざかり、冤罪の原因にもなる。また、人が死に追い込まれることもある。

 たとえば、粉飾決算を問われた旧経営陣3人が最高裁で逆転無罪となった日本長期信用銀行の事件でも、「任意」の取り調べを受けていた元副頭取が自殺している。長銀最後の頭取となった鈴木恒男氏は、著書『巨大銀行の消滅』(東洋経済新報社)の中で、自身が自宅の捜索を受け、連日深夜まで「任意」の取り調べを受けた経験を書いている。

 検事は、「あなたが旧経営陣の法的責任を否認し続けるならば、すでに逮捕された3人に加えてあなたを逮捕せざるをえないことになる。それも、あなた1人ではなく、かつての同僚や部下までその範囲を広げることになる」と告げて取り調べを始めた。それでも粉飾決算を否定すると、検事は「すでに逮捕された3人を含め、みな、こちらの言うことを認めているんだ」とすごんだ。

 さらに、鈴木氏はこう書いている。

「検察のシナリオはすでに出来上がっているようで、翌日以降、検察官が私に示す調書には私が言及していないことが多く盛り込まれていた。私が繰り返し、記述内容の訂正を申し入れ、その理由を説明しても、検事はお付き合い程度にごく一部の字句を変更するだけだった」

 特捜検察に逆らうことは許されない――その強い意思表示を前にして、鈴木氏の脳裏に自殺した元副頭取のことが浮かんだ。最終的には、強硬な検事の態度に根負けして、調書に署名捺印をした。

 こうした捜査手法が厳しく問われることになったのが、厚生労働省局長だった村木厚子さんを巻き込んだ郵便不正事件だった。この事件では、偽の証明書をつくった厚労省元係長など、先に逮捕・勾留した事件関係者に対し、村木さんの関与があったようなストーリーに沿った供述を強いていた。そうしたつくられた供述に基づいて、村木さんは逮捕、起訴された。

“任意の取り調べ”の実態

 このような密室での取り調べ状況が明らかになって、取り調べを録音・録画して可視化する必要性が、多くの人に認識されることになった。強い批判を受けて、検察も特捜部などの独自捜査については、逮捕後の録音・録画を受け入れた。

 ただ、郵便不正事件で検察のストーリーに沿った虚偽の調書がつくられたのは、逮捕・勾留された被疑者だけではない。参考人として「任意」で事情聴取を受けた厚労省関係者も、事実と異なる調書を作成されている。その理由は、公判での証言で明かされた。

 村木さんの部下だった元課長補佐は、検察の筋書きに沿う事実について問われ、「そういう記憶はない」と否定すると、取り調べ検事から「他の人ははっきり覚えている」と告げられ、「(思い出すよう)1泊でも2泊でもしていくか」と身柄拘束をにおわせることを言われた。

 また、別の厚労省職員の事情聴取でも、検察側の求める供述をしないと検事は机を叩き、大声で「覚えてない、ということはないだろう。こちらにも考えがある」とすごんだ。

 逮捕後の可視化がなされても、「任意」の段階で威圧的な取り調べが放置されていれば、「任意」で虚偽の自白に追い込まれかねない。「任意」といっても、協力しなければ逮捕されるという心理的圧力のなか、強引な取り調べがあっても拒否することは容易ではなく、実際は「強制」に近い。

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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