ネットワーク上には、さまざまな極秘情報が流れています。しかし、それらには鍵がかかっているため、仮にデータを横取りしたとしても鍵を解除しなければ中身を読むことはできません。普段、私たちは情報セキュリティをさほど気にせず、個人情報や企業の重要な文書を公衆のネットワークに乗せて送受信しています。
しかし、実は、その鍵は絶対に解錠できないものではありません。今はコンピュータの処理速度が足りないため解錠するには膨大な量の計算が必要で、スーパーコンピュータを使っても計算には永遠に近い時間がかかるので、「現実的には解錠できない」というだけの話です。
しかし、現在使用されている暗号鍵は、本格的な量子コンピュータが登場すれば容易に計算が終わって解錠されてしまうとされています。つまり、現在ネットワーク上を流れているデータを誰かが蓄えていれば、いつの日か、その暗号鍵が解錠されて、すべての情報が開示されてしまう危険性もあるのです。
絶対に解読不可能な通信技術を開発した中国
そこで、世界各国が開発競争を繰り広げているのが量子暗号通信技術です。これは、物理学の基本法則である量子力学に基づいた最先端の鍵の暗号化方法です。1980年代に理論的な構築がなされましたが、当時の技術では実用化は不可能でSFの世界に近い話でした。
しかし、技術の進展により、21世紀になると光ファイバーを使った量子通信に成功する研究機関が相次ぎ、今や量子暗号通信の実用化を疑う科学者はいません。量子通信は光の粒を使うので、光ファイバーを使った通信では光の粒が光ファイバーの原子に衝突し、途中で容易に失われてしまうため、情報伝達距離は200kmが限界です。
量子増幅器で中継しながら距離を延長することは可能ですが、鍵の情報をやり取りするだけで数百年もかかる計算になるため、実用性がありません。さらなる遠距離通信を実現するには、SFの世界に登場するような量子暗号通信衛星を開発しなければなりませんでした。
そして、驚いたことに、2016年8月に中国が突然、衛星量子通信の研究開始からわずか5年の開発期間で量子暗号通信実験衛星「墨子号」を打ち上げたのです。この衛星は、光の粒の性質を利用し、鍵を暗号化して送信側と受信側で持つことを世界で初めて可能にしたもので、現時点で考え得る最高のセキュリティを実現しています。
この打ち上げは、量子通信が大学の研究室で科学者によって行われていたものから、一気に次世代産業に変化したことを意味しています。また、近い将来、量子コンピュータによって各国の国防情報が丸裸にされることが確実ななかで、中国は絶対に解読不可能な通信技術を手に入れたことにもなります。
墨子号の大きさは質量631kg、南極と北極を結んで地球を縦割りする高度500kmの軌道を95分で一周し、運用予定期間は2年間です。
打ち上げから1年後の17年夏には、地上から500km以上離れた上空の軌道を周回する衛星に、1個の光の粒を「量子もつれ」という仕組みでテレポートすることに初めて成功しました。この研究論文はアメリカの有名な科学雑誌「Science」に掲載され、墨子号が表紙を飾るなど、中国の技術が本物であることを世界中に示しました。
『宇宙と地球を視る人工衛星100 スプートニク1号からひまわり、ハッブル、WMAP、スターダスト、はやぶさ、みちびきまで』 地球の軌道上には、世界各国から打ち上げられた人工衛星が周回し、私たちの生活に必要なデータや、宇宙の謎の解明に務めています。本書は、いまや人類の未来に欠かせない存在となったこれら人工衛星について、歴史から各機種の役割、ミッション状況などを解説したものです。