ビジネスジャーナル > キャリアニュース > オーケストラへの就職、困難な事情
NEW
篠崎靖男「世界を渡り歩いた指揮者の目」

クラシック音楽演奏者のオーケストラ就職が「あり得ないほど困難」な特殊事情

文=篠崎靖男/指揮者
クラシック音楽演奏者のオーケストラ就職が「あり得ないほど困難」な特殊事情の画像1「Getty Images」より

 総務省統計局の発表によると、日本全国の全就業者数に占める外国人の割合が、「2009年の266人に1人」から、2017年は「74人に1人」となったそうです。伸び率は、10年足らずで3.6倍。確かに、今の日本では多くの外国人が仕事をしていると実感します。

 さて、僕の仕事場でもあるオーケストラ。日本の主要オーケストラ24団体のホームページで調べますと、現在合計45名前後の外国人奏者が演奏しています。オーケストラの楽団員数は各団体によって違いがありますが、平均70名として24団体で約1700名、つまり「37人に1人」が外国人となります。この数字を見ると、オーケストラの場合は、一般社会よりも外国人の割合が多いといえます。もちろん、オーケストラはヨーロッパで生まれたものですので、同じ楽器を演奏するという点で、外国人演奏家に対しての入り口の広さは一般企業とは比較になりませんが、どこのオーケストラに指揮をしにいっても、外国人の楽員がずいぶん増えてきたと実感します。

 それでも、潜在的には、もっと多くてもおかしくはないように思います。それには大きな理由があります。オーケストラには、一般の企業のように毎年、新入社員の募集があるわけではないのです。簡単にいいますと、「欠員が出れば、補充する」というかたちです。この点は、海外でも同じです。

 たとえば、僕が副指揮者をしていたアメリカのロサンゼルス・フィルは、アメリカでトップクラスのお金を持っているオーケストラです。ヴァイオリンの一般奏者でも、初任給で年収1000万円を優に超えるので、一人の団員が引退したためにオーディションがあるとなれば、何百人も押しかけて来ます。結構名前も知られたオーケストラの中堅団員であっても、生活レベルと活動水準を上げようとやってきます。そして、もし、その中堅奏者が職を得たとなれば、もともといたオーケストラに欠員が出ることとなるので、また多くの奏者が職を得ようと、そこへ押しかけるわけです。

 これは、僕がその後、首席指揮者を務めたフィンランドのオーケストラでも同様で、いろいろな国々からオーディションを受けに来ます。

 日本に話を戻すと、極端な例として、すべての日本のオーケストラに欠員が出ない年があったとすれば、その年、音楽大学を卒業した数千人の演奏家を含め、オーケストラに就職したいと考えている多くの演奏家にとっては、その年はオーケストラへの就職のチャンスはないということになります。なかでも、ハープやチューバのような、各オーケストラに1人しか必要のない楽器奏者は、もっと大変です。たとえば、若いハープ奏者が一旦入団すれば、引退するまでの約40年間は、いくら才能ある奏者であっても、もうそのオーケストラに入れないことになります。

 つまりは、「空きが出ないと募集がない」わけですから、どうしても日本のオーケストラの国際化は、“徐々に”という進度となります。しかし、そんななかでも、生き生きと演奏している外国人奏者を見ていると、今後はかなり早く進んでいくのではないかとも思います。

国際化が進む音楽市場

 日本の音楽市場では、指揮者やソリストの国際化はもっと進んでいます。音楽監督や常任指揮者のようなオーケストラの顔ともいえるポジションの3人に1人は外国人ですし、ゲストの立場の客演指揮者や、ピアニストやヴァイオリニストなどのソリストは、かなり外国人の比率が多くなっています。

 実は、今現在の世界の音楽市場は、アジアに強い視線を向けていることも強く関係しているのです。これは、2008年のリーマンショックで音楽市場もがらりと変わったことが大きな一因です。リーマンショックは、欧米では国を揺るがすくらいの深刻な事態でした。当時、僕は英国に住んでいたのですが、リーマンショックの影響が比較的少なかった日本の円が買われ、一時、「1英ポンド=260円」くらいだった為替レートが、あっという間に半分になってしまったほどです。そして、この金融危機から国や企業は、なんとか乗り越えるために緊縮予算を余儀なくされたことはご存じの通りです。

 基本的に、ヨーロッパの文化予算は国や市に依存しています。財政が厳しくなっても、教育や医療、社会保障に切り込むことはそれほどできません。そうなると、まずは文化予算が削られてしまいます。アメリカのように、企業の寄付にほぼ依存しているオーケストラになるともっと深刻で、実際に次々と経営危機になりましたし、倒産した有名なオーケストラもあったくらいです。

 つまり、音楽会の数が激減し、欧米では指揮者やソリストを含む音楽家たちの仕事にあぶれるという状況になったところで、ロンドンやニューヨークの音楽事務所が目を付けたのがアジアの音楽市場です。欧米の為替レートも低水準なので、結果、アジアのオーケストラも欧米の演奏家を呼びやすくなりましたし、一回でも多くの演奏機会を求めて、日本のオーケストラはもちろん、韓国、香港、シンガポール、マレーシアのオーケストラに、指揮者やソリストがドンドン来るようになりました。有力音楽事務所ともなると、アジアに支店を置いているくらいです。

 さて、最初の話題でもある、全就業者数に占める外国人の割合の話題に戻ります。これは、「外国人依存度」という言葉で表現されることが多いようです。しかし、「依存」という言葉の意味は、「他のものにたよって成立・存在すること」(「大辞林」より)です。なんだかネガティブな印象を受けます。現在の国際化した世界社会の一員としての日本。これからは、外国人と「共存」していかなくてはならないのではないかと僕は思います。

 音楽大学を出ても、オーケストラに就職できるのは一握り。そんなすごい才能の集まりがオーケストラなのです。
(文=篠崎靖男/指揮者)

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

篠﨑靖男/指揮者、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師

 桐朋学園大学卒業。1993年ペドロッティ国際指揮者コンクール最高位。ウィーン国立音楽大学で研鑽を積み、2000年シベリウス国際指揮者コンクールで第2位を受賞し、ヘルシンキ・フィルを指揮してヨーロッパにデビュー。 2001年より2004年までロサンゼルス・フィルの副指揮者を務めた後ロンドンに本拠を移し、ロンドン・フィル、BBCフィル、フランクフルト放送響、ボーンマス響、フィンランド放送響、スウェーデン放送響、ドイツ・マグデブルク・フィル、南アフリカ共和国のKZNフィル、ヨハネスブルグ・フィル、ケープタウン・フィルなど、日本国内はもとより各国の主要オーケストラを指揮。2007年から2014年7月に勇退するまで7年半、フィンランド・キュミ・シンフォニエッタの芸術監督・首席指揮者としてオーケストラの目覚しい発展を支え、2014年9月から2018年3月まで静岡響のミュージック・アドバイザーと常任指揮者を務めるなど、国内外で活躍を続けている。現在、桐朋学園大学音楽学部非常勤講師(指揮専攻)として後進の指導に当たっている。エガミ・アートオフィス所属

●オフィシャル・ホームページ
篠﨑靖男オフィシャルサイト
●Facebook
Facebook

クラシック音楽演奏者のオーケストラ就職が「あり得ないほど困難」な特殊事情のページです。ビジネスジャーナルは、キャリア、, , , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!