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榎本博明「人と社会の役に立つ心理学」

英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由…「勉強ができない子」量産の危険

文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士
英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由…「勉強ができない子」量産の危険の画像1「Gettyimages」より

 前回、英会話は学力と関係ないということを指摘した(『英会話重視の英語教育、子どもの英語力が極端に低下…無口で高学力の学生が大学入試不合格』参照)。日本語がペラペラだからといって国語の成績がけっして良いわけではないし、勉強ができるわけではないのと同じだ。

 今回は、英会話の早期教育が、日本で暮らす日本人にとっていかに危険なことであるかについて考えてみたい。それと同時に、子どもたちの学力をほんとうに高めたいと思うなら、どうすべきなのかについても考えてみたい。

ますます高まる英会話熱

英語の早期教育に英語の専門家がこぞって反対する理由…「勉強ができない子」量産の危険の画像2『その「英語」が子どもをダメにする』(榎本博明/青春新書INTELLIGENCE)

 小学校で英語が正規科目になることが決まり、大学入試でも英会話が重視されるようになることから、その動きを先取りした英会話塾などの宣伝文句に煽られて、わが子に英会話を習わせようとする親たちの英語熱が高まっている。

 電車内の広告を見ると、ほとんどが英会話学校の広告か脱毛の広告である。脱毛の広告が溢れていることに違和感を覚える人も、英会話学校の広告には違和感がないのではないか。だが、そこには大きな危険が潜んでいるのだ。

 小学校から英語を教えることに関しては、10年ほど前までは慎重な意見が多かったが、このところ賛成が大多数となっている。朝日新聞による意識調査をみると、2006年には小学校で英語教育をすることに賛成する人は38%(反対は52%)と少数派だったのに、2013年には賛成が59%(反対は41%)と多数派になっている。

 英語教育の開始時期を早めることに関する意識調査でも、賛成が77.9%、反対が22.1%となっており、圧倒的多数が賛成している。とくに子育て世代にあたる30代女性では、90%が賛成している(2016年2月14日付日本経済新聞電子版)。

 グローバル化の時代だから、これからは日本人も英語をしゃべれるようにならないといけない。そうしたメッセージがあらゆるメディアを通して流される。多くの英語教育専門家や言語学者は、英語の早期教育どころか、日本で小学校から英語教育をすることには反対なのだが、一般の人々は、そうしたメッセージに頻繁に接すると不安が高まり、洗脳されていく。

 私が大学生たちに実施した調査でも、「これからは英語がしゃべれないとグローバル化の時代についていけなくなると思う」に対して、「そう思う」が64.2%、「そう思わない」が11.8%となっており、そう思っている者が圧倒的に多い。「小学校低学年から英語を学ばせること」に対しても、「賛成」が69.5%、「反対」が15.3%というように、賛成が圧倒的多数となっている。「自分の子どもをこれから育てるとしたら幼児期から英会話を習わせたい」に対しても、「そう思う」が51.9%、「そう思わない」が23.7%であり、過半数が幼児期から習わせたいと思っている。

英語をしゃべれるようになっても、私たちは日本語でものを考える

   英会話熱に浮かれている人に、ぜひ知ってほしいのは、言語というのは単なるコミュニケーションの道具ではないということだ。英会話に安易に飛びつく人たちは、そこのところを勘違いしている。

 言語というのは、コミュニケーションの道具であると同時に、思考の道具なのである。

 今、この文章を読みながら、「グローバル化の時代に絶対に英会話は必須なのに、何を言ってるんだ」と反発するのも、「確かに今の英会話熱は異常としか思えない」と共感するのも、日本語による言語活動の所産である。

 上司の指示に対して、「そんなのは理不尽だ」と憤るのも、日本語による思考が感情を刺激しているのであり、「現場の事情がわからないのだから仕方ないな」と自分の怒りの感情を必死に鎮めようとするのも、まさに日本語による思考の働きといえる。その結果、上司にキレるか、仕方なく従うかは、日本語による思考によって決まってくる。

 このように、私たちの心の中では、たえず日本語による言語活動が行われているのである。

 外国人から道を訊かれたときに教えてあげられる程度の英会話を習い、身につけたとしても、このような内面の思考まで英語でするようになっているわけではない。

 親が英語のネイティブで、赤ちゃんの頃から英語であやされるような場合は別として、日本語を話す親の元で育つかぎり、英会話を習うことで英語が思考の言語にまでなることは、まずあり得ない。

大事なのは、コミュニケーション言語でなく学習言語

 ここで重要なのは、言語をコミュニケーション言語と学習言語に区別することである。そうすれば、英会話に熱を上げることがいかに愚かであり、わが子にダメージを与えるかがわかるはずだ。

 発達心理学者の岡本夏木は、子どもの言語発達に関して、日常生活の言葉である「一次的言葉」と授業の言葉である「二次的言葉」を区別している。

 一次的言葉とは、日常生活において会話をするための言葉のことである。一方、二次的言葉というのは、現実場面から離れた抽象的な議論にも使える言葉であり、そこには話し言葉だけでなく書き言葉も加わってくる。
 
 言語学者ギボンズも、言葉には遊び場言語と教室言語があるとし、バイリンガル教育の研究者カミンズも、会話力と学習言語力を区別している。

 これらの言語の区別には、すべてに共通する基準がある。それは、日常生活の具体的な場面における会話で用いる言葉か、教室で授業を受けるときなどのように抽象的思考や議論をするときに用いる言葉か、ということである。

 このように、言語をコミュニケーション言語と学習言語に分け、言語能力を日常会話能力と学習言語能力に区別する視点は、非常に重要な意味をもつにもかかわらず、意外に見逃されている。

 日本語を何不自由なくしゃべっていても、勉強ができない日本人、知的活動が苦手な日本人がいくらでもいることからわかるように、大事なのは学習言語能力を磨くことである。それを疎かにすると、友だちとおしゃべりはできても、ものごとを深く考えることができず、授業にもついていけない子になってしまう。どんな教室にも、日本語がペラペラで、おしゃべりばかりしていても、勉強がまったくできない子がいるものだ。

バイリンガルでなくセミリンガルになる危険

 一般の人たちは、英会話はできるだけ早くからやるのがよい、そうすればバイリンガルも夢ではない、などと思っているようだが、専門家の間では、外国語の学習は、思考の言語としての学習言語力が母語によって確立されてからのほうが効率がよいとみなされている。

 英文学者の行方昭夫は、そのことを端的に示すものとして、カナダで言語圏をまたいで移住した子どもたちの事例をあげている。

 カナダには英語圏とフランス語圏がある。英語圏からフランス語圏に小学校低学年で移住した子は、フランス語を母語とする友だちとしゃべりだすのが早いものの、教室で使うフランス語はいい加減で、レポートを書くのが苦手な傾向がみられるという。

 それに対して、小学校高学年で移住した子は、フランス語を母語とする子どもたちと友だちになるのに何カ月もかかるものの、まもなく教室の学習には不自由なくフランス語を使えるようになる傾向があるという。

 トロント在住の日本人小学生を対象としたカミンズと中島和子の調査でも、同様の傾向が見出されている。

 つまり、日本語の読み書き能力をしっかり身につけてからカナダに移住した子どもは、しばらくすると現地の子どもたち並みの読み書き能力を身につけることができるのに対して、日本語の読み書きが不十分なうちにカナダに移住した子どもは、発音はすぐに習得するものの、現地語の読み書き能力もなかなか身につかなかったのだった。

 こうしたバイリンガル研究をもとにして、カミンズは、子どもの第二言語能力は第一言語能力によって決まってくるという理論を打ち出している。

 うっかり早めに英会話を習わせたりすると、バイリンガルどころかセミリンガルになってしまう。セミリンガルとは、2つの言語のどちらでも日常会話はできるものの、抽象的な内容を伝達したり理解したりできない状態を指す。いわば、日本語でも英語でも発音良く日常会話はできるのだが、どちらも学習言語としては中途半端で、ものごとを深く考えることができない。

 そのため、友だちとおしゃべりはできても、学校の勉強についていけない。日本語も英語も思考の道具になり損なったのだ。

 ここから言えるのは、英会話を習わせるのは、日本語が学習言語として確立される小学校高学年以降が望ましいということである。

 各分野の学者の集まりである日本学術会議が、低学年からの英語教育による日本語への干渉は避けるべきであるとし、英語教育の低年齢化に反対し、日本語教育の充実を訴えているのも、そうした事情に基づくものといえる。

 以上のようなことを踏まえておけば、幼いうちから英会話を習わなければと慌てるようなことはなくなるはずだ。

 言語社会学者の鈴木孝夫は、英語信仰の愚かさを国民に啓蒙すべきといい、英語学者の渡部昇一も英語の早期教育は百害あって一利なしといい、同時通訳の第一人者で英語教育にも詳しい鳥飼玖美子も小学校からの英語教育に反対している。幼い頃から英会話をやることの弊害に、一刻も早く気づくべきだろう。

 専門家たちが反対なのに、なぜ英会話重視の方向に教育政策が邁進していくのかと疑問に思うかもしれない。だが、そこにはいろんな利権が絡んでいるであろうことは、ニュースを見ていれば見当がつくはずだ。

 子どもをターゲットとする利益第一主義の子どもビジネスからわが子を守るために、とくに幼い子どもをもつ親は、心理学や言語学、教育学などの成果に目を光らせながら、慎重な判断をしていく必要があるだろう。
(文=榎本博明/MP人間科学研究所代表、心理学博士)

関連著書『その「英語」が子どもをダメにする』青春新書INTELLIGENCE

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

榎本博明/心理学博士、MP人間科学研究所代表

心理学博士。1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒。東芝市場調査課勤務の後、東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員教授、大阪大学大学院助教授等を経て、MP人間科学研究所代表。心理学をベースにした執筆、企業研修・教育講演等を行う。著書に『「やりたい仕事」病』『薄っぺらいのに自信満々な人』『かかわると面倒くさい人』『伸びる子どもは○○がすごい』『読書をする子は○○がすごい』『勉強できる子は○○がすごい』(以上、日経プレミアシリーズ)、『モチベーションの新法則』『仕事で使える心理学』『心を強くするストレスマネジメント』(以上、日経文庫)、『他人を引きずりおろすのに必死な人』(SB新書)、『「上から目線」の構造<完全版>』(日経ビジネス人文庫)、『「おもてなし」という残酷社会』『思考停止という病理』(平凡社新書)など多数。
MP人間科学研究所 E-mail:mphuman@ae.auone-net.jp

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