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榊淳司「不動産を疑え!」

米中貿易戦争→中国経済バブル崩壊→日本の不動産暴落…最悪シナリオが現実味

文=榊淳司/榊マンション市場研究所主宰、住宅ジャーナリスト
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 イギリスの首相であったチャーチルは、のちにノーベル文学賞を受賞した回顧録『第二次世界大戦』のなかで、日本がアメリカのハワイ州オアフ島・真珠湾を攻撃したと知って、小躍りしたと書いている。「これでこの戦争は勝てる」と確信したそうだ。

 しかし、その後、英国海軍の最新鋭戦艦であり、ドイツ戦艦ビスマルクをも撃沈したプリンス・オブ・ウエールズと巡洋戦艦レパルスが、日本の海軍航空機によってあっという間に撃沈されたと知らされ、あの大戦の中でももっとも意気消沈したと記されている。

対中政策の転換

 第二次世界大戦でアメリカは、日本が東アジアと西太平洋でアメリカに挑戦することを見事に退けた。しかし、アメリカはスターリンのソビエトが東ヨーロッパを支配することや、中国大陸で共産党政権が誕生することは予期しえなかったはずだ。ナチスドイツと日本が世界を二分することは防いだが、その代わりに共産主義の浸透を許してしまったのだ。

 アメリカの外交官でロシアを専門としたジョージ・ケナン氏が「X論文」を発表して、対ソ封じ込め政策を提言したのは第二次世界大戦後の1947年だった。それ以来、アメリカはかつての同盟国であるソ連を封じ込める政策を推し進める。米ソ冷戦の始まりである。

 1989年、冷戦の象徴であったベルリンの壁は崩壊。1991年には、ソビエト連邦自体も瓦解してしまう。アメリカは半世紀以上を費やして、冷戦に勝利したのだ。
 
 しかし、ここでまたアメリカは外交方針を誤る。中国における共産党政権の崩壊も、時間の問題だと考えたのだ。あの国も西側資本が流入して、人々が豊かになれば自然と自由と民主主義の国に生まれ変わるだろう、と考えたのだ。しかし、そうはならなかった。

 2015年の5月に、中国の習近平国家主席はアメリカのケリー国務長官(当時)に、「広い太平洋は2つの大国を収容できる空間がある」と、世界をアメリカと中国の2つの大国で支配しようと持ち掛けたのだ。アメリカは中国のいうところの2G(二大国での世界支配)という概念を受け入れるつもりは毛頭ない。
 
 その後も、中国は相変わらずアメリカをはじめとした西側諸国の知的財産権を盗み続け、南シナ海を軍事的に支配し、あまつさえアメリカの国内選挙に介入した。アメリカは、数年の準備を経て対中政策の転換を宣言した。それが10月4日のペンス演説なのだ。

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