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江川紹子の「事件ウオッチ」第119回

考察【落合陽一×古市憲寿対談】…命と人権が経済的に語られるようになった時代への違和感

文=江川紹子/ジャーナリスト
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 アメリカは、国際社会の反対世論を押し切ってイラク戦争を引き起こした。これを、日本の小泉政権はいち早く支持を表明。その後、自衛隊の派遣を決めた。陸上自衛隊がイラク南部で復興支援活動を行い、航空自衛隊はクウェートからイラクに米兵や物資の輸送などを担った。

 こうした方針に対し、日本国内では世論が二分。そんな最中に事件が起き、犯人から自衛隊撤退の要求が突きつけられた。政府としては、「もし3人が殺害されても、政府の責任ではない」という布石を打っておきたかったのだろう。

 その作戦は当たった。世論は「自己責任」の大合唱となり、激しいバッシングが展開された。3人は激しく非難され、「日本から出て行け」「3バカ」「反日活動家」などの罵詈雑言を浴びた。

 以来、危険地帯での人道支援やジャーナリストの戦地取材に赴く人は、何かあれば「自己責任」を合言葉に非難されるリスクを背負うことになった。

「自己責任」で、困難な状況にある本人の責任を強調すれば、当局の責任は希薄化される。この用法は次第に拡張した。

 たとえば、貧困に陥ったのは、若い時から資産形成しておかなかった「自己責任」。落語家の桂春蝶氏は、昨年2月にこんなツイートをしている。

「世界中が憧れるこの日本で『貧困問題』などを曰う方々は余程強欲か、世の中にウケたいだけ。この国では、どうしたって生きていける。(中略)この国での貧困は絶対的に『自分のせい』なのだ」

 病気も「自己責任」。アナウンサーで日本維新の会から衆議院総選挙にも立候補した長谷川豊氏は、人工透析患者の多くは「自業自得」だとし「全員実費負担にさせよ!無理だと泣くならそのまま殺せ!」と主張した。

 麻生太郎財務相のこんな発言も印象深い。

「飲み倒して運動も全然しない(で病気になった)人の医療費を、健康に努力している俺が払うのはあほらしくてやってられんと言っていた先輩がいた。良いことを言うなと思った」(2018年)

「食いたいだけ食って、飲みたいだけ飲んで、糖尿病になって病院に入っているやつの医療費はおれたちが払っている。公平ではない。無性に腹が立つ」(2013年)

 病気になるのは、本人の努力の有無だけではなく、持って生まれた体質・遺伝、収入、学歴、仕事や生活環境など、さまざまな要因が考えられる。それなのに、麻生氏は「自己責任」を強調する。

 長谷川氏は選挙に落ちたが、麻生氏は今なお政府のナンバー2としての地位を保っている。このような発言を、政府としては問題視しないし、国民も慣らされ、受け入れている、ということだろう。

 過労死もまた「自己責任」とする論調がある。田端信太郎・ZOZOコミュニケーションデザイン室長は「過労死には本人の責任もある」と発言。ツイッターで繰り返し「鎖で繋がれて鞭打ちされるような奴隷でもなけりゃ、本人の責任も、ゼロとは言えません」「上司が屋上から物理的に突き落としたりしたのですか? そんなに追い込まれても、会社なんて辞めて生活保護受ければいいわけです」と発信した。

 これに対し、自分の子どもがいじめや過労死で自殺したらどうなのか、と問われると、田端氏はこう答えた。

「子供とはいえ、他人の人生で、親が100%コントロールできるわけもないから、しょうがないなー、と思うだけです。そういうときのために3人も子供作ったのよ。リスク分散」

 こういう話題に「リスク分散」というビジネス用語がするっと出て来るところに、救い難さを感じる。

 また、杉田水脈衆院議員が、「LGBTの人には生産性がない」と書いて問題になったが、結局彼女は読み手の「誤解」のせいにして、自分の表現を撤回も謝罪もせずに押し切った。安倍晋三首相も、51歳になる彼女を「まだ若いから」と庇い、なんらの処分もしなかった。

 言うまでもなく、「生産性」は、同じ労働や設備、原材料で、どれだけの製品やサービスを生み出せるかを示す。

 このように、著名人や社会的影響力や責任のある人が、命や人権にかかわる事柄を、経済活動にかかわる用語や発想で考え、まことしやかに切ってみせる。それに対する違和感を示しても、“スルー”され、あまり手応えがない。発言者は少数でも、それを思いのほか多くの人が許容しているのではないか。

 果たしてこのままでいいのか、と思う。

 私は、命や人権そのものの重みを、もっと大事に考える社会であってほしい。そのためには何をしたらいいのか。このことを考えながら、今年1年を生きていきたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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