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“昭和最後”にして“平成最初”の1989年1月を考察する【第2回】

“昭和最後の7日間”に生まれた内村航平、“平成最初の24日間”に生まれた多部未華子

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 あらゆる事象に“平成最後”が冠せられたり、新元号の発表方法に関する報道があったりと、約30年ぶりの改元に対する関心が高まっている。平成は本年(平成31年)の4月30日をもって終わり、その前後は空前の10連休になるという。

 ところで、その約30年前――昭和から平成への改元の直前・直後の日本には、どんな風景が広がっていたのだろう?

 その前に整理しておくと、昭和は1989年(昭和64年)の1月7日に終わり、平成は同年の翌1月8日に始まっている。つまり、“昭和64年(の1月)”はわずか7日間、そして“平成元年の1月”は24日間しかなかったわけだ。

 バブル崩壊のきっかけとなった、当時の大蔵省による総量規制の開始は翌平成2(1990)年の3月のこと。つまりこの時期は、まさにバブル絶頂期である。そんな折りに“イレギュラーな暦”を経験することとなったこの1989年の最初の1カ月を、芸能、スポーツ、娯楽などの分野を中心に振り返ってみたい。それは、平成31年の視点から眺めてみると、実に興味深い事象の宝庫なのだ。

 第1回で書いた通り、いつもとは何かが違う不思議な正月三が日が終わり、人々が日常の暮らしに戻りかけていた1月7日土曜日の午前7時55分に、昭和天皇の崩御が伝えられた。そして、新元号が発表されるのは、同日の14時36分のことだ。こうして、激動の昭和は終わり、平成が始まったのである。

 昭和64年ならびに平成元年の1月を検証するシリーズの第2回である本稿では、元号が変わる直前、そして改元後の数日間を取り上げたい。

レンタルビデオ店にハンパない大行列ができていた

 この時代、地上波のテレビ以外で動画コンテンツを観る手段として、レンタルビデオ(主にVHS)が空前の人気を呼んでいた。映画やテレビ番組、AVなどの動画作品を、自宅で好きなときに観られるレンタルビデオの登場は、娯楽シーンの大革命であり、普及から数年を経て、生活に欠かせないものとなりつつあった。

 まだ、TSUTAYAもGEOも全国展開されていない代わりに、街なかに、商店街に、郊外の街道沿いに、個人経営のレンタルビデオ店が多数存在していた。

 特に昭和最後の年末年始は、もともとブームであったことに加え、自粛ムードによりテレビ番組の内容が地味になったことから、人々は一斉にレンタルビデオに娯楽を求めた。

 とりわけ1月7〜8日は、各テレビ局が一斉に通常放送を休止したこともあり、1本のビデオを借りるのに何十分もレンタルビデオ店の列に並ばなければならないという現象が起きたのだった。

 平成元年は「スカパー!」の前身「パーフェクTV!」の誕生前。YouTube、ニコニコ動画、アマゾンプライムビデオ、Netflixの登場は遠い遠い未来の話である。

「Getty Images」より

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