江川紹子が語る「求められる再審法の改正」―再審の実態と、冤罪救済のために必要なこと
第3次請求審で弁護側がネガフィルムの欠番の開示を求めたところ、検察側は「ない」と主張。しかし、裁判所が再度の探索を指示し、「ない場合は、不存在である合理的理由を付して文書で回答せよ」と求めたところ、検察側はまもなく、そのフィルムだけでなく、ほかに17本のネガフィルムの「発見」を報告した。
袴田事件でも、同様のことが起きている。
「事件発生直後の聞き込み捜査などの証拠があるはず。第1次請求では出てこなかったが、第2次請求で600点くらい出てきた。ずっと否認していた袴田さんの取り調べの録音について、検察は『不見当』と言っていたが、即時抗告審(高裁)で初めて出てきた」(西嶋弁護団長)
その中には、「小便に行きたい」という袴田さんに対して、取り調べの警察官らが「小便に行くまでの間に、イエスかノーか、話してみなさい」などと自白を求め、結局袴田さんはトイレに行くことが許されず、取調室に持ち込まれた便器で用を足すことになった経緯なども録音されており、無理な取り調べの一端が明らかになった。
「ただ、開示されたものには、否認から自白に転じた場面がない。我々は、検察官が全部は開示していないと見ている」と西嶋弁護団長。
裁判に提出されなかった証拠を、どこで、どのように保管するかを定め、再審請求で弁護人が適切にアクセスできるようなルールづくりがないと、この問題は解決しないのではないか。
できるだけ早く、公正な裁判のやり直しを
これについて、日本より進んだ法制度を整備した国々もある。そのひとつ、台湾出身の李怡修(リー・イシュウ)・一橋大特任講師が次のように報告した。
「台湾では、捜査段階の証拠と公判記録がひとつのファイルにまとめられ、公文書管理法の下で保管されている。(捜査や裁判を含め)政府の情報は、原則公開。刑事記録の閲覧が(被告人や被害者などの)プライバシーと衝突した場合は、行政訴訟で解決する。最高行政裁判所は、再審請求は『正当な利用』だと認めており、プライバシーの問題があっても、できるだけ弁護人に見せるよう工夫することを求めている」
さらに西嶋弁護団長は、次のような点も指摘している。
「3者協議では、書記官が(やりとりを記録した)協議メモをつくるが、裁判官の意向で、大事なやりとりが削除されることがある。たとえば、裁判官が検察官に口頭で証拠開示を勧告した部分が消されたことがあり、正確な議事録がつくられていない」
公開の法廷でなされる通常審では、裁判官の重要な発言がごっそり記録から削除される、というようなことになれば、当然弁護人は法廷で抗議し、問題が傍聴人やメディアに知られて、裁判所の訴訟指揮が問題にされるだろう。
ところが、再審請求審は審理が非公開で行われている。法律上、公開を禁じられてはいないし、証人尋問を公開法廷で行った前例はあるが、極めて例外的。なぜか、裁判所は密室を好む。西嶋弁護団長は、これについても問題にしている。
「(弁護団は)正確に報告しているつもりでも、裁判所がいかにいい加減な質問を鑑定証人にしているか、(報道関係者や市民が)自分の目で見てもらわないとわからない。最低限、証人尋問は公開しなければならないと、法律に書くべきだ」
さらに、せっかく再審開始決定が出されても、検察側の異議申立によって、再審が引き延ばされてしまう問題もある。
3月に、1985(昭和60)年の殺人事件の犯人とされた宮田浩喜さん(85)が再審無罪となった松橋事件では、明らかに確定判決と矛盾する証拠があったのに、検察側は争い、熊本地裁の審理に4年を要した。しかも地裁の再審開始決定に対して、検察側が抗告。福岡高裁も再審開始を支持したが、検察はさらに最高裁に特別抗告して、抵抗した。再審開始が確定するまでに6年かかり、この間に、宮田さんの認知症は進み、寝たきりの状態となり、無罪判決を法廷で自分の耳で聞くこともかなわなかった。宮田さんを支えてきた長男も、高裁決定を前に死亡した。再審無罪の法廷に立ち会った次男は、「あと2年早ければ、この場にいたのはずっと父を支えた兄だった。さらに2年早ければ、おやじも裁判を理解できたはずだ」と悔しい気持ちを語っている。
鹿児島の大崎事件も、第3次再審請求で鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部と続けて再審開始決定が出ているのに、検察側は最高裁に特別抗告したうえ、昨年8月に作成された鑑定書を今年1月になって提出。弁護団は、検察による審理の引き延ばし、再審の妨害だと痛烈に批判している。