ビジネスジャーナル > 社会ニュース > 豪・報道規制は対岸の火事ではない  > 2ページ目
NEW
江川紹子の「事件ウオッチ」第129回

【豪警察が公共放送を家宅捜索】脅かされる「報道の自由」は対岸の火事ではない

文=江川紹子/ジャーナリスト
【この記事のキーワード】, , ,

豪メディアは毅然と対応したが……

 欧米のメディアも、今回の問題を大きく伝え、捜索を批判した。

 イギリスの公共放送BBCは、「我々のパートナーであるABCに対する警察の家宅捜索は報道の自由への攻撃であり、BBCは深い懸念を感じている。世界各地でメディアから自由が奪われている中、公共の利益のために報道をしていることで、公共放送が標的となっているとしたら非常に気がかりだ」との声明を発表した。

 ドナルド・トランプ米大統領が気に入らない報道を「フェイク・ニュース」を決めつけ、メディアを「国民の敵」と言ってはばからないなど、メディア敵視を続けているアメリカでも、たとえばニューヨーク・タイムズは、社説で次のように書いた。

「トランプ政権と同様に、オーストラリア政府も内部告発者を脅して沈黙させ、情報源の機密保持という、ジャーナリズムにとって核心的に大切な力を弱体化させようとしているようだ」

 こうした論調からは、今回の出来事が決して他人事ではない、という危機感が伝わってくる。

 今回の事態に山田健太・専修大学教授(ジャーナリズム学科)は、「捜索・差押は、報道機関に対する直接的な脅威であるばかりでなく、報道機関を萎縮させ、国民の知る権利が狭まるなど、『将来』にわたる影響が出るだろう」と懸念する。

 捜索によって、取材源とのメールのやりとり、取材メモ、素材映像などが押収されれば、取材源が特定され、誰が何を語っているかも当局に知られてしまう。

「取材源は、報道機関を信頼して、おそらく守秘義務違反をして話している。このような捜索が行われるのでは、組織内の悪事や問題を告発する人はいなくなり、国民に伝えることができなくなってしまう」(山田教授)

 ABCのライオンズ報道局長のツイッターによれば、今回の捜索令状では警察がテレビ局のホスト・コンピューターにアクセスして、データを改ざん・消去・コピーすることも許している、という。

「それが事実なら、当局は放送局が持っているすべての情報の入手先を暴露される可能性もあり、消去や改ざんまで許すというのは理解を超える」と山田教授。

 オーストラリアのモリソン首相は、報道の自由を支持すると述べる一方で、「(報道関係者が)法律を守っていれば問題ない」と語った。

 これに対し「これでは、報道の自由を守ることにはならない」と、山田教授は指摘する。政府が所有し、国民の目から伏せておきたい情報を機密指定しておけば、それを国民に知らせるべきと考えてメディアに提供した公務員等は、必然的に法律に触れることになってしまうからだ。

 ベトナム戦争が激化するきっかけになったトンキン湾事件が捏造だったことを示す機密文書(ペンタゴン文書)は、ニューヨークタイムズなどの新聞にもたらされることで、大きく報じられ、米国民が知るところとなった。

 ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件も、ワシントンポスト紙の記者に情報提供していた高官(ディープスロート)がいた。事件から33年後に、当時のFBI副長官がディープスロートは自分だったと明かしている。

 昨年の日本新聞協会賞を受賞した朝日新聞の「財務省による公文書の改ざんをめぐる一連のスクープ」も、同省内の関係者の協力なしにはなし得なかっただろう。

 このような情報源が特定されて不利益な処分が課されないよう、報道機関や記者は、その倫理として、取材源を秘匿する。しかし、報道機関や記者の自宅にまで強制力を伴う捜索が行われ、取材の過程に関する情報が当局に押収されるようになれば、取材源を守り切るのは難しくなる。

 そうなった場合、報道機関に対する信頼関係が築きにくくなり、政府に関する情報の内部告発は、摘発を恐れて極めて困難になる。そうなれば、結局のところ、国民は政府の失敗や虚偽を国民は知ることができない。常に「大本営発表」だけが国民に届くことになって、国民の知る権利は形骸化し、民主主義は根幹から弱体化していく。

 そうした危機的状況の中でも、ABCなどのメディアが、記者を擁護し、捜査機関に対して毅然とした対応をしていることを、山田教授は高く評価する。

「ABCは公共放送。日本で同じようなことがあった場合、果たしてNHKは、このような毅然とした対応が取れるでしょうか」

 今回の出来事は、決して対岸の火事ではない、と山田教授は警告する。日本でも、2014年に特定秘密保護法が施行され、「防衛」「外交」「テロ活動防止」などの分野で「特定秘密」に指定された事項を取得、漏洩などした者は、その未遂や教唆、煽動を含めて処罰することになった。最高刑は懲役10年と、国家公務員法の守秘義務違反(最高懲役1年)に比べて格段に重い。

「国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由」には十分な配慮をすることになっているが、その取材が「法令違反又は著しく不当な方法によるもの」とみなされた場合は、記者の活動も「正当な業務」とはされない。

 さらに、こうした法違反以外にも、政府や政権与党による情報コントロール、人々のマスメディアに対する不信や反感、若い世代の新聞離れなどもあって、メディアや記者の萎縮、あるいは若い人のメディア志望の減少など、日本でもジャーナリズムの基礎体力は、徐々に落ちているように見える。

「日本も決して他人事ではない。オーストラリアで起きているようなことが、日本で起きる可能性は高い、と思わなければならない」

 この山田教授の警告を、しっかり心に留めておきたい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


Facebook:shokoeg

Twitter:@amneris84

【豪警察が公共放送を家宅捜索】脅かされる「報道の自由」は対岸の火事ではないのページです。ビジネスジャーナルは、社会、, , , の最新ニュースをビジネスパーソン向けにいち早くお届けします。ビジネスの本音に迫るならビジネスジャーナルへ!