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東京都教委、民間委託事業の仕様書が違法スレスレ…複雑怪奇な指示表現、実態は偽装請負

文=日向咲嗣/ジャーナリスト
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東京都教委、民間委託事業の仕様書が違法スレスレ…複雑怪奇な指示表現、実態は偽装請負の画像1
「東京都教育委員会HP」より

「これ、最初から違法なんじゃない?」

 そう嘆息したある学校関係者の視線の先にあるのは、民間委託された都立高校学校図書館の仕様書だ。何度読んでも、受託企業が配置すべき人員の数さえ判然としない複雑怪奇な表現が連ねられている。その意味を注意深く読み解くと、違法性をスレスレのところで回避するかのような、役人の巧みな文章術が浮かび上がる。

 派遣労働者の人数を具体的に指定することなく、結果的に希望通りの人員配置を要求しているのだ。

 当サイトでこれまで何度か取り上げてきた東京都立高校の偽装請負事件。東京都は2015年7月、東京労働局から高校内の学校図書館が偽装請負であったとして是正指導を受けたが、その事実を東京都教育委員会はひた隠しにしてきた。

 筆者は、この件に関連して都教委が作成した一連の内部文書を入手。そこには、受託事業者の契約不履行や、荻窪高校など現場の認識の甘さからくる対応のまずさばかりが強調されていた。

 ところが、その後の検証によって、そもそもこの事業の大枠である仕様書そのものが、偽装請負を強く疑われる違法性をはらんでいたことがわかった。

 下の文書は、東京労働局から偽装請負を指摘されるより3年前の12年度における、ある都立高校・学校図書館の仕様書の一部である。

東京都教委、民間委託事業の仕様書が違法スレスレ…複雑怪奇な指示表現、実態は偽装請負の画像2

「乙は本契約の履行に当たり、業務を円滑に遂行できる人員を学校毎に複数人配置する」とあるものの、その後の文章を読み進めても「業務を円滑に遂行できる人員」が具体的に何人を指すのかは、どこにも書かれていない。「複数人配置」なので、少なくとも1人ではダメなことだけはわかる。

 その代わり、平日の業務開始から昼休みが始まるまでの時間帯や、土曜日及び日曜日に係わる業務時間などの例外を挙げて、それらについては「必ずしも複数人配置することを要しない」としている。

 つまり、都立高校において、単位制を除いた高校での標準となる人員配置は、以下の通りである。

・平日午前…1人以上
・平日午後…2人以上
・夜間…1人以上
・土日…1人以上

高校別の特記仕様書の存在も明らかに

 次に、この標準配置とは別に、高校別の特記仕様書の記載があることもわかった。筆者が入手した範囲内で、仕様書の内容とは異なる特記事項が確認できたのは、荒川商業高校と飛鳥高校の2例のみだった。

 12年当時の荒川商高は夜間部のある定時制高校で、基本は標準配置だ。しかし、但し書きがあり、全日制の生徒が登校しない授業パターンにおいては、午後4時半から5時までだけは「複数人配置を要しない」とされている。

東京都教委、民間委託事業の仕様書が違法スレスレ…複雑怪奇な指示表現、実態は偽装請負の画像3

 一方、飛鳥高は、すでに全体の仕様書で除外されている「単位制高校」のため、標準配置とは最初から異なる配置であることはわかっている。しかし、時間帯別の具体的な配置人数は、どこにも書かれていない。

 但し書きをみると、そこには荒川商高と同じく全日制の生徒が通ってこない授業パターンの午後3時30分から5時までのみ「必ずしも複数人配置を要さない」となっていて、そのほかの通常授業の日については午前、午後ともに複数人配置を求めていることがわかる。夜間については、仕様書上は「複数人配置」を要求していないようにも読めるが、当時のシフト表の現物を関係者にみせてもらったところ、なぜか夜間も複数人配置となっていた。

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 都立高校関係者は、こう指摘する。

「特記仕様書の但し書きは、全日制の生徒が登校せず、夜間定時制の生徒だけに対応する日に限っては、午後5時までは複数配置しなくてもいいという意味でしょう。給食や授業が始まる午後5時までは、生徒もほとんど登校しませんので。しかし特記仕様書は、仕様書の範囲内で学校の事情に応じて細部を変更する文書のはずなので、仕様書に反することを決められるかは疑問です」

 東京都は、請負事業者に対して「業務を円滑に遂行できる人員を学校毎に複数人配置」と、「複数人配置を要しない」との表現を巧みに使いこなし、実質には授業パターン・時間帯別に何人寄越してくれと、要求しているわけだ。

具体的な配置人数を明記しない理由

 いったい、なぜこんな不可解なことをしているのか。最初から、この時間帯は何人と各校別に明確な配置人数を明記すればいいだけのことではないのか。

 だが、配置人数を明記すると偽装請負になってしまうのだ。つまり、東京都は独特の難解な表現を使って、脱法行為を平然と行っていたことになる。

 偽装請負の仕組みがわかりにくいので、道路工事にたとえてみよう。元請けの現場監督が下請けの責任者にこんな依頼をした。

「何日と何日は、アスファルトの舗装工事をするので、午前中は1人でいいけれど、午後からは2人寄越してくれ」

 建設工事は派遣禁止業務のため、そうした指示を受けて動くのは、違法な“手配師”だけだ。合法的な請負において、元請けの現場監督は下請けに対して作業員の人数等は一切指定しない。

「何日までに、この現場の舗装工事完了しておいてくれ」と依頼するだけだ。「何人でやってくれ」とは言わない。相手はプロなのだから。

 作業の具体的な指示命令も下請け会社社員の現場監督が行い、元請けの監督は現場の作業員に一切指示命令を出さない。施工完了後に完了検査をするだけだ。

 ところが、都立高校の学校図書館の運営委託は、結果的に従事者の人数を指定している。委託スタッフへの指示命令も一部学校側が行っていた。そのため、実質的には請負ではなく労働者派遣事業にあたることが明白。派遣事業の免許を取得していない限り、偽装請負と認定されるものだ。

偽装請負を意識したうえでの表現

 では、都教委がこれまでひた隠しにしてきた15年7月に東京労働局から是正指導を受けた内容は、どうだったのだろうか。

 15年5月に東京労働局が調査に入って是正指導したときには、従事者の人数を指示している仕様書の内容については、なぜか何も書かれていない。グレーな部分はあえて踏み込まず、比較的“クロ認定”が容易だった現場での指示命令の実態等から、違法な労働者派遣(=偽装請負)を認定したものとみられる。是正指導書のなかで注目したいのは、以下の記述だ。

「派遣受入期間の制限を受ける業務であるにもかかわらず、あらかじめ派遣元事業主に対して、派遣受入期間の制限に抵触することとなる最初の日を通知することなく、労働者派遣の役務の提供を受けていることから、左記条項に違反する」

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 派遣労働であれば、同一事業所に3年以上続けて勤務することはできない。15年9月の法改正前は、専門26業務なら3年を超えて派遣できたが、その26業務に図書館関係の職種は入っていないため、当然のことながら3年ルールの対象だ。

「派遣受入期間の制限に抵触することとなる最初の日」とは、その3年の派遣期間が切れた翌日のこと。つまり、都立高校の図書館委託は、その実態は労働者派遣事業なので、派遣法に定められた、その人が働ける期間の終了日の翌日を通知しなければならない。それにもかかわらず、東京都は派遣会社へその通知をすることなく労働者を派遣してもらっていた点が違法認定されている。

 実質的に派遣労働をさせた場合、都はもし3年勤務した者から派遣会社を通して、直接雇用の申し込みがあれば、それに対応しなければならなくなる。

 結果的に東京都は、派遣よりも安い賃金で自由にクビを切れる労働者を使い倒していたということになる。

「『複数人配置を要しない』という表現を使って、実質的に配置人数を指定しているのは、偽装請負にあたるのではないか?」との疑問を都教委にぶつけたところ、以下のような回答が返ってきた。

「労働者1人当たりの単価×配置人数で委託額が決まる場合は、偽装請負になるのかもしれないが、本契約は労働者1人当たりの単価や配置人数に関係なく委託額が決まっているので、そのような指摘はあたらない」(高等学校教育課)。

 しかし、受託事業者は都教委が最低配置人数を指定した仕様書の内容に従って、1人当たりの人件費単価と派遣人数を計算して入札しているのだから、契約の実態としては、労働者1人当たりの単価や配置人数をもとに委託費は決定されているのではないか。

 もし、こんな手法が許されるのならば、ありとあらゆる分野の派遣業は、あえて契約書で派遣する人員の単価・人数は定めずに、仕様書のみで派遣日や「複数人配置」の要否を書き込むことで合法的な請負業を装うだろう。

 都教委の反論は、契約の形式論にすぎず、実質的には限りなくクロに近いグレーだ。配置人数こそ明記していないものの、「複数人配置」と「複数人配置を要しない」という2種類の表現によって、実質的に派遣労働者の人数を指定し、その要件を満たさなかった事業者は厳しく指導しているのだから。

 この文章表現は、派遣人数を明記すると偽装請負になりかねないリスクを念頭に置き、ギリギリそれを避けようという意図がかいま見られる。

 では、なぜ都教委は「複数人配置」を要求したのか――。従事者を複数人配置するのは、全国の自治体でも他に類を見ない特異なものである。

 仕様書に、わざわざ配置人員について書かなければ、偽装請負と指摘されるリスクは低くなる。また、仕様書どおりに従事者を配置できないという、契約不履行の問題も起きなかったはず。それなのに、あえて都教委がそのように記載した理由を、都立高校関係者は以下のように推測する。

「新規採用を停止する2001年以前は、正規の学校司書が全日制1人と定時制1人、配置されており、結果として午前1人、午後2人、夜間1人が配置されていました。当時、こんな充実した配置は東京都だけでした。

 ところが、委託が開始された2011年当初、採用停止の結果、全日制定時制併置の学校では定時制の時間帯だけに1人配置で、その1人が全日制と夜間の生徒の両方に対応を余儀なくされるほど、全日制の図書館が衰退していました。全日制は実質、放課後だけの生徒対応の状態だったのですが、今回(偽装請負で)委託をこういう配置(複数配置)にすることで、『以前の充実した配置に戻せた。改善なのだ』と言いたかったのかもしれません」

 さらにもうひとつの可能性としては、最初から単数配置にすると、開館できない日が続出してしまう可能性を考えてのことではなかったのか。

 当初から契約不履行は頻繁に起きていて、もし単数配置にしていたとすれば、従事者が足りず開館すらできない日が続出していた可能性が高い。実際、15年度に都教委が業者に指導した記録のなかにも、不履行が頻繁に起きていた様子がうかがえる。

 そのことを強く意識していた都教委は、あえて複数配置を基本にすることにこだわったのではないか。

 ある図書館関係者は、都立高校で起きた偽装請負について、こう結論づける。

「もともと、一般的な業務委託とは性質を異にする事業を委託したため、無理を重ねて違法でないように糊塗せざるを得なかったわけです。その結果が、あの仕様書だったのではないでしょうか」

 いずれにしろ、違法スレスレの表現を使ってでも、都教委は複数人配置にこだわった。その結果として偽装請負が起きた。都教委が作成した一連の報告書には、受託事業者の不始末や現場の対応のまずさばかりが必要以上に強調されていたが、そもそも都教委が作成したこの事業のスキーム自体が、偽装請負を生み出す根源だったのだ。

 都教委は、その責任を巧みに回避しようとしており、いまだにこの件で誰も責任をとっていないが、その責任の大半は都教委にあると言っていいのではないだろうか。
(文=日向咲嗣/ジャーナリスト)

日向咲嗣/ジャーナリスト

日向咲嗣/ジャーナリスト

1959年、愛媛県生まれ。大学卒業後、新聞社・編集プロダクションを経てフリーに。「転職」「独立」「失業」問題など職業生活全般をテーマに著作多数。2015年から図書館の民間委託問題についてのレポートを始め、その詳細な取材ブロセスはブログ『ほぼ月刊ツタヤ図書館』でも随時発表している。2018年「貧困ジャーナリズム賞」受賞。

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