商業主義で炎上の『100日後に死ぬワニ』から考える、残された者の悲しみと、死後の日常
昨年12月からスタートした、マンガ家・きくちゆうきによる4コママンガ『100日後に死ぬワニ』が、日めくりカレンダーのようにツイッターで毎日更新され話題となった。
ワニくん人気は90日を過ぎたあたりから一気に急上昇し、100日目にはツイッターのトレンドはワニ一色になった。しかし、100日目に大炎上してピークを迎えた後、世の中の流行からあっという間に姿を消していった。世間の興味の移り変わりが早いのは理解しているが、次から次へと別のことに興味が移っていることに寂しさも覚える。
ワニくんが語られなくなった理由のひとつに、ワニくんの死後、新型コロナウイルスの感染拡大により、世間の話題がコロナに染まってしまったこともあるだろう。しかしそれ以上に、露骨な商業化で世間一般がドン引きしてしまったことも否めない。
100日目のマンガの公開直後から、3人組バンド・いきものがかりとのコラボムービー「生きる」が公開され、書籍化、映画化とビジネス色が打ち出されたことから、余韻に浸りたかった世間から嫌悪感を買ってしまったように思える。
追い打ちをかけるように、コロナ禍で人々は街へ出なくなり、限定グッズは注目されなくなった。横浜で開催予定だった「100日後に死ぬワニ展」のほか、各地で開催予定だった関連イベントも延期になり、「ワニくんバブル」は膨れ上がることもなく、世間のテンションが下がっていった。
ワニくんの“メメント・モリ”
ワニくん熱は冷めてしまったとはいえ、ワニくんのストーリーによって、死が特別なものではなく、日常のなかにあることを多くの人が自覚したはずだ。
ツイッターには、一般の方の次のようなつぶやきが並ぶ。
「1日1日の出会いに感謝しよう」
「死ぬまで〇〇日っていうカウントダウンはみんなある。それが目に見えているか見えていないかの差だと思う。」
「メメント・モリ」というフレーズを聞いたことがあるだろうか。ラテン語の格言で、よく「死を想え」と意訳されている。「メメント」は英語だとメモリー、メモライズ、リメンバーの意味。「モリ」はモータルで必ず死ぬという意味だそう。
西洋には、腐敗する自らの死体を墓標に刻む「トランジ」や、骸骨と人間がダンスをする「死の舞踏」など、死を主題とした美術・造形が多く存在する。では日本ではどうだろうか。日本をはじめとする東洋では、死体が腐敗して白骨となるまでを9つの相で表す「九相図」(くそうず)と呼ばれる絵画がある。平均寿命が短く、疫病や戦争が相次ぎ、かつ衛生的な環境が保たれていなかった昔の人にとって、死は身近なものだったに違いない。死と向き合い、死後の姿を見ることで、自身の生き方を問い詰める、これが日常だったのだろう。
核家族化や高齢化が進んでいる日本では、身近に死のプロセスを感じる経験値が少なくなった。自身の終焉を見つめることを目的に、「終活セミナー」に参加したり、エンディングノートを書いていたりする人もいるが、上滑りしている感は否めない。ワニくんの死は、どんな終活セミナーよりも、終わりを意識することの意味を伝えたのではないかと思う。
ワニくん没後の100日間の“日常”
死をテーマに描かれる作品の多くは、死を迎えたところでエンディング曲が流れる。その後、残された人がどう過ごしたかは、最後に少し描かれる程度だ。ワニくんも例外ではなかった。100日目を最後に、そこからストーリーが更新されることはなく、100日目を迎えて以降、は作者のつぶやきが中心である。書籍のほうには、ワニくん死後のネズミくん、モグラくん、ワニくんの両親と思われるワニ夫婦の様子が描かれているが、あくまでおまけ程度にすぎない。
物語としては、死というある意味ドラマチックな最終章を迎えてジ・エンドとするのがスマートであり、それはそれでよいのだけれど、死後残された人たちがどのような日常を過ごしたのか、マンガだからこそ描ける“死後の100日”を見てみたかったような気もする。
ワニくんブームは一気に熱が冷めた形になったが、死後、急速に忘れ去られてしまうことは 、ワニくんにはじまったことではない。実際、
「葬儀では多くの人が気遣ってくれるのに、時間が過ぎると、急に腫物に触るように、周囲が死の話題を避けるようになった」
「周囲はまるで何もなかったかのように接してくる。本当に忘れてしまったのか、それとも単に気を遣っているだけなのか」
といった家族の声をたびたび耳にする。
そんななかで、「四十九日法要を済ませた」「納骨を済ませた」「新盆を迎えた」といった節目が、グリーフ(「悲嘆などと訳される」)の受け止めるきっかけになることもある。グリーフが死後100日でクリアになるわけではないが、ワニくん没後の変わらない日常のなかで、それぞれがどうグリーフと向き合っていくのかを描けていたら、死までのカウントダウンより踏み込んだ問いを、読者に投げかけることができたのではないかと思う。
(文=吉川美津子)