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江川紹子の「事件ウオッチ」第157回

【ALS患者・嘱託殺人】亡くなった林優里さんの発信が投げかける、社会への重い課題

文=江川紹子/ジャーナリスト
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林優里さんのツイッターより

 筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の依頼を受け、薬物を使って殺害したとして、京都府警が現役の医師2人を嘱託殺人の疑いで逮捕した事件。まだわからないことが多く、人の命に関わることだけに、物言いには慎重でありたい。とりわけ、事件への論評が、難病の患者の「生きる権利」が軽んじられる事態につながることは避けなければならない。また、難病に限らず、「死にたい」という言葉は、「生きたいのに生きられない」というメッセージでもある。今回のケースについても、「どうすれば彼女は生きられたのか」との議論が必要だろう。

死の直前まで続けていたツイッター、さまざまな人とのやりとり

 ただ、死への願望がある種のタブーにされ、亡くなった林優里さん(当時51)の声がメディアであまり伝わっていないのは、それはそれで気になる。彼女のSNSなどを読むと、同じ難病の患者などと対話をしながら、患者自身の“命の権利”を訴え続けていたことがわかる。今回は、その発信から、彼女が社会に投げかけた重い課題を考えたい。

 本件は、「患者が耐えがたい肉体的苦痛に苦しんでいる」「死期が迫っている」など、過去の裁判例で医師による積極的安楽死が許されるとされた要件を満たしてはいないとされており、逮捕された大久保愉一、山本直樹両医師は刑事訴追を免れないだろう。

 ただ、彼らの動機は今なお判然としない。メディア上では現金130万円を「報酬」に犯行に及んだ、と報じられているが、このような行為には身柄拘束や刑事訴追、医師免許はく奪という大きな不利益が伴うことは、2人も当然わかっていたはずだ。その不利益を考えると、130万円という報酬額はあまりに見合わないのではないか。

 2人の言動の断片をとらえ、優生思想の持ち主であるかのような報道もなされているが、ここは予断を持たずに、裁判などで当人たちの主張が明らかになるのを待ちたい、と思う。

 一方、亡くなった林さんは、死の直前までツイッターでさまざまな人とのやりとりを続けていた。

 最後のツイートは、昨年11月29日午後5時51分。事件があったのは同月30日午後5時半頃とされているので、ほぼ丸1日前だ。同じ年の7月にALSの母親が亡くなった、という人のツイートへの返信だった。「家族で話し合い母の意見を尊重して“人工呼吸器はつけない。延命はしない”という結論が出た。人生はその人のものだから私の気持ちで動かせなかった。まだモヤモヤしている」という投稿に、林さんは次のような短い返信を送っている。

〈お母さまの意志を尊重されたのは良かったと私は思います〉

 林さんのツイートは、こんなふうに難病の患者や家族などの思いを抱きとめ、当事者の意思を肯定し、優しく励ましたり、自分の体験を伝えて助言するものがかなりある。

 2018年7月には、呼吸を確保するために気管切開を勧められた、という20代の難病患者に対し、こう書き送った。

〈ショックで胸がザワザワしながら読みました。私は気切はしないと決めてますが、息苦しくなってから死ぬまでどのように耐えれば良いのか想像もつきません。ほんとに恐怖です。千さんが生きたいと願うなら決断して早く楽になって欲しいと身勝手に思ってしまいます〉

 9月には、ALSの妻を看病する夫が「優しくしてあげたいのに余裕がなくて。結局わかっているつもりでわかってなくて、随分嫁さんを傷つけてるなと反省しました」と書いてきたのに対して、林さんはこんなリアクションをした。

〈患者の心境はわかりたくてもなかなか難しいものだと思います。あまりご自分を責めないでくださいね。奥様への思いは伝わってるはずですから〉

 同じ人の「優しくなれない日が続いてる」(同年11月)というつぶやきには、次のようなエールを送った。

〈そんな時は多分、、まず自分に優しくなることが必要なのかも。(^_^)〉

 その一方で、ヘルパーなどへの不満や感謝、自分自身の動揺する気持ちなども率直に吐露し、愚痴もこぼしている。それを、他の難病患者らとのコミュニケーションのきっかけにもしていた。テニス観戦が好きだったらしく、大坂なおみ選手や錦織圭選手の活躍に心躍らせる様子も記されている。

 特に、他人のツイートへのリプライには、細やかな配慮がにじむ。

安楽死への願望と、他者への配慮

 ブログを始めて間もない頃、林さんは「初めて違う立場で考えた」というタイトルで、メッセージへの返信に悩んだ体験を書いている。

〈死にたいのならまだ身体に自分で死ぬ力が残ってるうちに実行しないと、私みたいにいざ決行しようとした時にはもうそれだけの力が残ってなくて失敗するよ、と。実際自分は死ねずにとても悔しい思いをした。(中略)だからと言って、その人に「今のうちに自殺しといた方が良いよ。」と言う気にはなれない。自分以外の命の方が重く感じてしまう。他人の「死」を考えるのって難しいな。〉(2018年5月)

 おそらくツイッターでも、1つひとつ考えながら、言葉を吟味して返信していたのだろう。

 こうしたやりとりに、林さんは大きな意義を感じていたようだ。

 ある日のブログにこう書いている。

〈「自分では何ひとつ自分のこともできず、私はいったい何をもって自分という人間の個を守っているんだろう?」

 それは人とのコミュニケーションによって守られているに違いない。ブログやツイッターで発信することもそうだ。〉(2019年3月28日)

 林さんが、ツイッターやブログで発信を始めたのは、2018年。ヘルパーを介して、言語によるコミュニケーションが困難な、ある脳性まひの女性とやりとりしたことがきっかけだった、と林さんはブログに綴っている。

〈ちょうどその頃、安楽死への希望に諦めかけていて、死ねないのなら何か人の役に立てないだろうか?と思うようになった。通信手段もあるし彼女のように意思伝達手段を持たない人達の代弁者になって、不平不満を吐きまくりどこかで誰かが「わかる!」と喜んでくれたら良いな、同時にみんなが何かしらの意思伝達手段が持てるようになるべきだと思った。

 SNSを始める頃にはやはり自分の希望を諦めきれず、自分のように安楽死を願っている患者さんの道筋をつくりたいと思うようになった。今はまだ毒を吐くことしかできてないけれど。〉(2018年6月24日)

 人の役に立ちたい、という思いで始めたSNSが、2人の医師との接点となったのは、予定外のことだったろう。

 林さんは、「安楽死」をブログやSNSのテーマにしていた。スイスにわたって安楽死をさせてもらいたい、というのが希望だったようだが、移動を手伝ってくれる付添人が、自殺幇助などの罪に問われないか気にしていた。弁護士にまで相談し、結局人を犯罪に巻き込んでしまうと知って断念した。

 そんな林さんが今回、2人の医師に「安楽死」を依頼したのはどういういきさつだったのか。ダイレクトメールなど、非公開のやりとりが明らかにならないとわかりようがない。

 スイス行きは断念した後も、安楽死を望んだ。そのために日本でも安楽死の法制化に向けた論議を巻き起こしたい、という意思は、SNSなどの記載を見る限り、一貫して続いていた。

〈海外では安楽死 の権利を求める裁判も患者が起こしていますが日本ではそういう形の裁判は起こせないと知りました。どうすれば議論を公の場に引き出すことができるのでしょう?「願い」というより「怒り」を感じます。〉(2018年12月)

 自身の「安楽死」を望む理由を、こう説明していた。

〈私はこんな身体で生きる意味はないと思っています。日々の精神・身体的苦痛を考えると窒息死を待つだけなんてナンセンスです。これ以上の苦痛を待つ前に早く終わらせてしまいたい〉(2019年4月)

 その一方で、こんなツイートもある。

〈私達のように体は目だけしか動かず、話すことも食べることもできず呼吸苦と戦い、寝たきりで窒息する日を待つだけの病人にとって安楽死は心の安堵と今日を生きる希望を与えてくれます〉(2019年1月)

 安楽死が制度として認められることが、生きる希望につながる、という趣旨の投稿は、2018年5月27日のブログにもある。

〈(安楽死が認められて)「どうしようもなくなれば楽になれる」と思えれば、先に待っている「恐怖」に毎日怯えて過ごす日々から解放されて、今日1日、今この瞬間を頑張って生きることに集中できる。「生きる」ための「安楽死」なのだ。確実に患者の精神的な意味でのQOLは上がるだろう 〉

「安楽死」が認められ、先々への「恐怖」がなくなれば、林さんはもう少し生きようという気持ちになれたのだろうか。今となっては、知る術はない。

彼女の訴え「患者本人だけの意思を尊重するという発想を」

 林さんが一貫して訴えてきたのは、医師や家族など周囲の考えではなく、患者自身の意思を尊重することだ。

〈「自分にとっても、家族にとっても後悔を残さない選択」 とはとても難しいと思う。積極的安楽死の場合、残された者はどちらにしても何かしら後悔するものだと思う。やはり「自分」だけの意思を尊重するという発想が大切だと思う。〉(2018年7月)

〈鎮静は死に際の苦痛を緩和するものであり、安楽死は患者の疾患も含め人間らしい生活(人権)を送れていない際に死を選ぶ権利であると思います〉(2019年1月)

 患者の意思といっても、それは1人ひとり異なる。林さん自身は気管切開を拒否する意思を明示していたが、父親がALSという人のアカウントに対して、こんなつぶやきもしている。

〈気切して楽しく過ごしておられる患者さんはたくさんいます。医師の言葉にまどわされず色んな情報を提供してあげて欲しいです。反対に気切を勧められるのも困りますけどね。〉(2019年1月)

 さらに、死を望む気持ちをタブー視する風潮には、以下のようなツイートをしていた。

〈患者を生かすことをなぜいつまで医療者は使命だと思っているのだろう?こんな時代に。まるでそれだけは変えられない真実みたいに〉(2019年3月)

〈日本にも患者団体はありますが、「生きる希望を持つことが良し」とされてるようで肩身が狭いです。〉(2019年4月)

 主治医に胃ろうでの栄養補給をやめたいと依頼したが、断られた。胃ろうを作る時には、患者本人の意思確認があるのに、患者の意思でやめることができないと知って、彼女は憤慨する。

〈胃ろう、、、つくらなきゃ良かった、、
造らないという選択を選べるなら、使わないという選択はできないのか、、、??〉(19年8月)

〈主治医との話し合い

胃ろうからの飲食拒否は自殺幇助に当たるから出来ないと言う

ならば一切の支援を断って窒息死(吸引できないから)すると言ったらそれもダメ

一体私の人生の権利は何がある?

結局摂取カロリーを600に減らして蛇の生殺しみたく弱まり死ぬのを待つだけ

怒りしかない〉(2019年9月)

“死への願望”をタブーとする報道への疑問

 こうした彼女のツイートを読むうちに、2018年1月に自死した評論家の西部邁さんのことが思い浮かんだ。彼の場合も、自死を手伝った2人が自殺幇助に問われることになったが、この2人は西部さんの弟子のような存在。死にゆく者とそれを手伝った者の関係性は、林さんのケースとは異なる。私の心に浮かんだのは、死の幇助についてではなく、西部さんの最後の著書、『保守の真髄』(講談社現代新書)の以下のような記述だ。

〈人間が生きるということはつねに(Aを選びBを選ばないというふうに)絶えざる選択の過程である。そしてその過程の最終局面において死に方の選択が待っている。逆にいうと死に方は生き方の総仕上げだということになる〉

 林さんのツイートにも、こんな一文がある。

〈死に方を考えることは生き方を考えることと一緒なんだ。〉(2018年12月)

 林さんにとって、「安楽死」は自分が選び取った「生き方の総仕上げ」だったのかもしれない。

 誤解のないよう付け加えておくと、私は2人の医師の行為を肯定しているわけではない。報道されているような容疑が事実としたら、医師にあるまじき行為、と思う。

 また、「『死ぬ権利』よりも、『生きる権利』を守る社会にしていくことが、何よりも大切」という舩後靖彦・参院議員のメッセージに共感する。どんなに重い障害があっても、「生きたい」と思える社会を作っていかなければならないし、それが私たちに課せられた、最優先の課題だと思う。

 ただ、死への願望をタブーとし、困難ななかでも前を向いて懸命に生きる人ばかりが登場するメディアの報じ方には、いささかの疑問を感じている。それで私たちは、本当に課題の重さを感じ取ることができるのだろうか。

 ツイートやブログを読む限り、林さんは最後まで精神的に自立した日々を送っていた。「安楽死」を望んではいたが、それは自分の生を主体的に生きることの延長線にあり、背景には「心の安堵と今日を生きる希望」を切望する思いもあった。

 そうした声をまずは受け止め、彼女の命を感じるところから始めたいと思い、本稿となった。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

江川紹子/ジャーナリスト

江川紹子/ジャーナリスト

東京都出身。神奈川新聞社会部記者を経て、フリーランスに。著書に『魂の虜囚 オウム事件はなぜ起きたか』『人を助ける仕事』『勇気ってなんだろう』ほか。『「歴史認識」とは何か - 対立の構図を超えて』(著者・大沼保昭)では聞き手を務めている。クラシック音楽への造詣も深い。


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