
「新型コロナは歴史の転換点である。高齢者など残りの寿命がけっして長いわけではない人たちの人命を救うために、たとえ世界経済に大きな被害を出してもいいという合意ができたのは、史上初めてのことである」(8月5日付クーリエ・ジャポン)。
このように語るのはフランスの精神科医ボリス・シリュルニク氏である。感染症の歴史を振り返ると、天然痘、コレラ、ペストといった感染症が大流行したとき、当時の人々にはなすすべはなかった。20世紀に入ってもスペイン風邪の流行時には、マスクを着ける以外に有効な対策はなかった。
働き盛りの男性が最優先されたことで、高齢者など社会的な弱者の多くが死んだという悲しい事実がある。これまでは暗黙の合意の下、救う人命に序列があったが、今回の新型コロナウイルスのパンデミックでは、世界は「すべての人命」を守るとの決断を下した。
7月30日、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は「多くの国では新型コロナウイルス感染症による死者の4割以上が介護施設である。高所得国ではこの割合が8割を上回る国もある」とした上で、介護施設における新型コロナ対策について指針を公表した。英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスの調査によれば、新型コロナによる死者数全体に占める介護施設入所者での死者の割合はベルギーが64%、スウェーデンが47%、英イングランド・ウェールズが41%となっている。国際的にコロナ対策で評価が高い韓国でも34%である。世界では介護施設が新型コロナウイルス禍の中心となっている。
これに対し、日本の介護施設での新型コロナによる死者数の全体に占める比率は低い。共同通信が5月に実施した調査によれば、日本での介護施設での死者数は全体の14%にすぎなかった。世界一の超高齢社会である日本では、介護施設は170万人以上の高齢者をケアしているが、施設での集団感染が少ないのには理由がある。介護施設が以前から積み重ねてきた地道なインフルエンザ感染予防対策などが大きく寄与したのである。詳細なマニュアルが整備されていたことから、介護施設は非常に初期の段階からコロナ対策を始めていた。
施設内で感染対策委員会を設置し、面会禁止の措置を講じたのも2月下旬と非常に早かった。欧米諸国で類似の措置が採られたのは3~4月に入ってからだった。現在、欧米諸国でも日本の例を参考にしつつ、介護施設への対策が強化されており、今後は介護施設での死者数は減少することが期待されている。
感染すると重症化しやすい高齢者向けの新薬の開発も始まっている。新型コロナの重症化を防ぐ抗体薬の開発に着手している米国の大手製薬会社イーライ・リリーは8月3日、介護施設の入居者やスタッフ最大2400人を対象に臨床試験を実施することを明らかにした。