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精神科医・本田秀夫氏インタビュー【前編】

発達障害をどう理解すればよいのか?障害者ではなく、独特のスタイルを持った別の「種族」

構成=兜森 衛
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Getty Imagesより

 最近、「発達障害」という言葉をよく耳にするようになった。発達障害について書かれた書物も数多く出版されている。NHKでは一昨年から「発達障害って何だろう」をテーマにキャンペーンを展開。2年目の昨年もキャンペーンを継続し、総合テレビの『あさイチ』『クロ現+』『ごごナマ』『Nスペ』、Eテレの『きょうの健康』『ハートネットTV』、ラジオ第1放送の『すっぴん!』など、媒体や番組の垣根を越えて発達障害について数多くの番組を放送し、大きな反響を呼んだ。

 なぜ「発達障害」がいまこれほどまでに注目されているのか。それは発達障害が見た目ではわからない“見えにくい障害”でありながら、小中学生では15人に1人、成人でも10人に1人の割合でその障害を抱えている可能性があるためだ。学童期で早期発見して対処することがベストだが、これといった問題が現れずに学童期をスルーして、大学生以上の成人になってから発達障害の特性が現れ、本人と周囲を困らせる“大人の発達障害”が増えていることも大きい。

 そこで、『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』(SB新書)、『あなたの隣の発達障害』(小学館)の著者で、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授で精神科医師、医学博士である本田秀夫医師(55)に、発達障害とは何か、身近に発達障害の人がいたらどう接すればいいのか、発達障害の支援も含めて話を聞き、2回に分けて紹介する。

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本田秀夫(ほんだ・ひでお)
精神科医師、医学博士。1988年、東京大学医学部医学科を卒業。1991年より横浜市総合リハビリテーションセンターで20年にわたり発達障害の臨床と研究に従事。山梨県立こころの発達総合支援センター初代所長などを経て、信州大学医学部子どものこころの発達医学教室教授。特定非営利活動法人ネスト・ジャパン代表理事。日本自閉症協会理事、日本自閉症スペクトラム学会常任理事、日本発達障害学会評議員。現在は診療のかたわら若い発達障害の専門医の育成に取り組んでいる。

――先生は30年以上に渡る臨床経験の大半を発達障害の診療に費やし、学童期から成人に達するまで、同じ患者を継続して診てこられたわけですが、どうして発達障害の専門医になろうと思われたのでしょうか。

本田秀夫(以下、本田) 東大医学部附属病院の精神神経科は伝統的に子どもの知的障害や発達障害を昔から診ているんですね。精神神経科のなかに小児部という部門があって、そこに自閉症の臨床や研究をやっている先生が何人かいたので、東大病院の精神神経科で研修すると、必ずある一定期間は子どもを診察することになり、その結果、子どもの発達障害を診る機会が多かったからです。

――その頃から「発達障害」という診断名があったのでしょうか。

本田 「発達障害」という言葉自体は昔からありましたが、昔は身体の発達障害も含めてぜんぶ「発達障害」と呼んでいました。2005年に発達障害者支援法が施行されましたが、この法律でいうところの「発達障害」を、昔は「精神発達障害」と呼んでいたこともあります。脳性麻痺などの場合は「身体発達障害」というように、精神と身体とで意味している状態が区別されていた時代もありました。

――私の長女も発達障害と診断されたのですが、最初は自閉スペクトラム症、別の病院では広汎性発達障害と診断されました。一口に発達障害といいますが、自閉症やアスペルガー症候群、広汎性発達障害、自閉スペクトラム症、注意欠如・多動症、学習障害などさまざまな呼び方があります。そもそもなぜ、診断名がこんなにたくさんあるのでしょうか。

本田 40年くらい前に、いろんな精神障害の分け方を試みた時代があって、そのときは心理的な発達の障害という言葉を使ったこともありました。そこに含められていたものは、実は今我々が言っている「発達障害」とはちょっとずれています。もともと精神面での子どもの発達の問題というと、昔は「精神薄弱」ひとつでした。

 ところが、IQが測定できるようになったからですが、IQでは異常値が出ないのに発達に偏りがあるケースが出てきた。そのひとつは自閉症の系統で、もうひとつは微細脳障害です。で、典型的な自閉症と、アスペルガー症候群とその他の仲間を、一時期「広汎性発達障害」と呼んでいました。広汎性という言葉が誤解を招くんですが、この広汎性発達障害は、2013年から自閉スペクトラム症(ASD)と呼ばれています。スペクトラムとは「多様に見えるものの、同じ仲間と見なせる集合体」という意味です。

 さらに、微細脳機能障害が、注意欠如・多動症(ADHD)と学習障害(LD)とに分かれました。ですから現在は、自閉症という言葉とアスペルガー症候群という言葉、広汎性発達障害という言葉も、ぼくたちが使っている診断分類からはなくなっています。

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2018年に出版された『発達障害 生きづらさを抱える少数派の「種族」たち』(SB新書)。

大人になってからの発達障害診断は難しい

――ASD、ADHD、LDの違いについて教えていただけますか。

本田 自閉スペクトラム症(ASD)には「空気が読めない」「対人関係が苦手」「こだわりが強い」という特徴があります。発達障害のなかでも、周囲の困り具合と本人の困り具合が大きいのがASDです。ASDは「対人関係」という、現代社会で生きていくうえで、かなり重要視されているスキルに課題を抱えているからです。

 注意欠如・多動症(ADHD)には「落ち着きがない」「うっかりミスが多い」という特徴がありますが、ADHDだけでは生活に支障を来すことはありません。学習障害(LD)は知的発達の遅れではなく、「読む」「書く」「計算する」のうち、ひとつまたは複数が苦手という特徴があります。これらの特徴は「個性」と捉えられたり、「ちょっと変わった人」と思われれば、生活に支障を来すことはありません。

――発達障害の診断は難しいのですか。

本田 子どものうちに診断がつけばいいのですが、大人になってから鬱病や不安症などの二次障害が出てしまうと、初診で発達障害と診断するのは難しいと思います。発達障害以外にも、パーソナリティー障害や統合失調症でも同じような二次障害が見られるからです。また、発達障害の専門医の数が限られているのも、診断がつきにくい原因のひとつです。

子どもの頃に診断を受けたほうが結果としてハッピー

――「大人の発達障害」がいま注目されるようになったのはどうしてですか。

本田 発達障害は進行して死ぬような病気や障害ではありませんが、先天性の障害なので、一生治ることはありません。問題なのは、学童期をすり抜けてしまうことなんです。発達障害というのは、ある特性を持っています。生まれつき脳になんらかのバリエーション(変異)を持っていると考えるべきでしょう。このバリエーションを持っているのは少数派なので、多数派である普通の人向けに作られている社会構造のなかでは、摩擦が生じてしまうわけです。

 その摩擦をうまく自分で解決する力を身につけた人は、普通に社会人として生活していけるのですが、それができないと、普通の人よりも高い確率で摩擦が起こってしまう。それが子どもの頃に起こるか、大人になってから起こるかの違いも大きい。子どもの頃に起これば、いじめや不登校という形で現れたりしますが、大人になってから現れると、職場に居づらくなって、仕事を転々としたり、引きこもりになったりするので、大人の発達障害のほうが、対処することが難しいのです。

――子どもと大人では、どちらが深刻なんですか。

本田 子どもの時期に問題が出ると、なんらかの対応ができるので、大人になるまでに問題が解決していくことが多いです。でも、子どもの頃にはあまりトラブルがなくて、周囲からはなんの問題もないように見えても、本人は内部に葛藤を抱えていることもあるので、大人になってから薬物療法の対象になったりもしますね。知的な遅れがない方は、福祉作業所系の仕事をするのはプライドが許さないので、自分が理想と思っている生活スタイルに届かないことで悩んだり落ち込んだりしてしまい、深刻な二次障害で薬物療法を受けることになったりします。どっちが深刻かというのは難しいですよね。本人が主観的にハッピーかどうかですが、子どもの頃にきちんと把握されて二次障害を防げている人のほうが、主観的にはハッピーだと思います。

自閉スペクトラム症(ASD)には根本的な治療薬はない

――治療薬はないのでしょうか。 

本田 ADHDには3種の治療薬が認可され処方されていますが、ASDには治療薬はないと思いますね。ASDは例えれば、コンピュータのOSのバリエーションみたいなもの。ウインドウズが多数派ですが、マックを使う少数派もいます。ASDはいわば、マックを使っている人がウインドウズのアプリを使わされて、ところどころで不都合が起きる……みたいなことなのです。何か薬を飲んでも、マックのOSがウインドウズのOSにはなりませんからね。

――親から子に遺伝するのですか?

本田 遺伝はあると思います。でも、そこをあまり強調しないほうがいいです。研究に乗りにくいからです。発達障害当事者の家族の心理テストをすると、必ずしも普通ではないデータが出るんですが、症状がばっちり遺伝しているわけではない。ちょっとそのケがある親や兄弟がいるなかで、ひとりだけちょっと症状が強い人がいる……といったようなことです。あと、一卵性双生児において、ひとりが発達障害の場合にもうひとりは違う、ということはほぼないので、そういう意味でも、やはり遺伝は関係しているといえるでしょう。

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2019年に出版された『あなたの隣の発達障害』(小学館)。

大人の発達障害、初診までは数年待ち?

――近年、発達障害にまつわる書籍がたくさん出ていて、昨年もNHKが番組の枠を超えてたくさん発達障害の番組を放送していました。それはなぜなのでしょうか。

本田 まあ、それだけ関心が高いんじゃないですかね。NHKでは、一般学級の6.5%は発達障害だと紹介していました。それは平成24年に文部科学省が行った調査によるものなんですが、他の調査では、養護学級なども含めれば、10%を超えているというデータもあるんですね。日本だけではなく、アメリカのデータでも10%を軽く超えて15%くらいというデータも出ていたりしますから、それだけみんな人ごとじゃないと思っているということでしょう。

――放送後の反響はいかがでしたか?

本田 昨年、僕はNHKの『プロフェッショナル 仕事の流儀』という番組に出たんですが、放送のあと受診の申し込みがすごく来るようになりました。なんとなく自分が発達障害ではないかと思っていたり、そうだと思って受診もしているけど、どこか満たされなくて辛いと思っている患者さんがいっぱいいらっしゃるんじゃないでしょうか。

――初診まで数年待ちともいわれていますが、本当ですか?

本田 発達障害って、ちょっと診察しただけではわからないんです。子どもの頃は明らかにわかる人がいっぱいいるんですが、大人になってから受診される人は、見ただけではなかなかわからない。本当に発達障害の問題があるのかどうかを診断するためには、ものすごく詳細な情報を聞き取ったり、ご本人の発言だけではなくて、他人から見た情報とか、過去にさかのぼってそういう状態が昔からあったという証拠があるのかどうかなど、そういったことも含めてずいぶん調べます。まず初回の診察には最低でも一時間はかけますからね。そうすると、どこの児童精神科でも1日に診られる患者さんの数は限られてしまうので、どうしても初診までの待ち時間は長くなってしまうんですね。

障害者ではなく、独特のスタイルを持った別の「種族」

――先生の本を読んで驚いたのが、発達障害の特性の「重複」という概念なんですが。

本田 実際の臨床では重複することはわかっているんですが、あまり一般向けには本などでも取り上げてはいませんね。そもそも以前の診断基準では、広汎性発達障害とADHDをカルテに一緒に書いてはいけないという約束があったのですが、実際にはこの重複がいちばん多くて、ややこしくなるんです。

 それが2013年に、広汎性発達障害を自閉スペクトラム症(ASD)と呼ぶようになって、両者の併記が可能になった。その結果、特性の重複が増えているわけです。木を見て森を見ないのか、森を見て木を見ないからなのか、まだ病名の分類ができていないのが現状ですね。

――本のサブタイトルにある「種族」というのはどういう意味ですか。

本田 バリエーションということを一般向けに種族と呼んだだけです。生物学的には何かの変異はあるわけですが、それだけでは病気とはならない。例えば血液型のAB型は人口の10%しかいないけれど、誰も別に病気だとは思っていませんよね。だから、発達障害の特徴というのは、その特徴があるだけで決定できるわけじゃなくて、その変異があることと社会環境との不和が起こったときに、障害となって現れてくるものなのです。多数派である普通の人たちは、発達障害のある少数派の人たちを、障害者ではなく、独特のスタイルを持った別の「種族」のようなものとして理解してほしい……そんな思いが込められています。

(構成=兜森 衛)

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