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松岡久蔵「空気を読んでる場合じゃない」~【検証・森批判報道2】

森喜朗氏、がん闘病でも無報酬で五輪に奔走…報じられない多数の功績、小池都知事の尻拭い

文=松岡久蔵/ジャーナリスト
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東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の公式サイトより

 森喜朗氏は誠に気の毒な人である。「失言」問題が原因で12日、7年間も無報酬で務めた東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の会長職辞任を表明せざるをえなくなった。本サイトで森氏の擁護論を圧倒的少数ながら展開したが、今回も明らかな偏向報道を受け、辞任に追い込まれたことに筆者は強い怒りと危惧を覚える。

森氏、発言「女性蔑視の意図ない」

「私の不適切な発言が、混乱をきたしてしまいました。多くの皆様がたに大変ご迷惑をおかけしました」―。森氏は12日午後の組織委の緊急会合の冒頭でこう謝罪し、会長職の辞任を表明した。その上で、以下のように続けた。

「会長である私が余計なことを申し上げた。これは解釈の仕方だと思いますが、私はそういう意図でものを言ったんじゃないんだが、多少意図的な報道があったんだと思いますが、女性蔑視なんてことを言われまして。私が組織委員会に入ってから、女性の皆様をたたえてまいりましたし、男性よりも女性の皆様に発言してもらえるように絶えず進めてまいりました」

 問題となった「女性がいる理事会は時間がかかる」という旨の発言について、最後までこう反論したわけだが、これについて筆者は前回、「昭和センスのリップサービス」であると指摘した。森氏がフリーハンドでの発言で、目の前の日本オリンピック委員会(JOC)女性理事を持ち上げるために持ち前のサービス精神を発揮してしまったのであって、森氏の「女性蔑視の意図はなかった」という考えに筆者は同意する。

 確かに表現は現代のジェンダー感覚からすれば不適切であるが、森⽒は83歳の戦前⽣まれの“ジイサン”であり、それを完全に理解することは不可能だろう。これは森⽒に限らず、この年代の⾼齢男性に多かれ少なかれ⾔えることだと思うが、森氏は発言について謝罪しており、それ以上どうしようもない(そもそもジェンダー感覚に欠ける高齢男性が嫌なら、はじめから40代くらいの若手をトップに据えればよいと思うが、それについては後述する)。森氏の「失言」癖がこれ以上出ないようにするためには、今後は徹底的に事務方が作成した原稿を朗読させフリーハンドでの発言機会をなくすなどの対策をすれば済む話である。

 こう話すと、「発言は発言だからダメ」「無意識で思っているから、そういう本音が出る」というような反論があるかと思う。しかし、ある発言が差別や蔑視、ハラスメントにあたるかを考えるときに、発言の「文脈」「背景」、発話者の「意図」「真意」「実際の行動・実績」が総合的に判断されなければならない。誰だって自分の録音された発言が、都合よく編集され、メディアによって「真実」としてまかり通るのは勘弁願いたいだろう。森氏は首相経験者で著名人のため被害が目立つが、一般社会でも職場でも十分起こりえるため、誰にとっても他人事ではない。

森氏は五輪の精神に忠実

 では今回の失言問題を総合的に判断する上で、十分な検討がなされたかというと、非常に疑わしい。発言自体についての筆者の見解はすでに述べたので、実績について取り上げていく。森氏の組織委会長就任への経緯や対応した諸問題、覚悟などについて書かれた『遺書』(幻冬舎)も参考にしながら、話を進めたい。

 森氏は12年の会長就任時に「ほかに誰もいないから」と政財界から推され就任し、7年間、がん治療しながら無報酬で会長職を務めてきた。会長在籍時の主な実績としては以下がある。

・日本に帰国した入賞者のパレードを、2012年のロンドン五輪、16年のリオ五輪の際には五輪の健常者の選手とパラリンピックの障がい者の選手で合同で行うようにした。これにはムラ社会であるJOCからの陰に陽の嫌がらせがあったが、その抵抗を排して実現した。

・IOCからの各競技の選手の男女比率を1対1にするようにという指針に沿って、各競技団体に要請し、ほぼ実現させた。

・東京五輪誘致時に猪瀬直樹元東京都知事がまとめた、都内に競技施設を「コンパクト」に作る計画だと、予算が膨れ上がるとして、神奈川や千葉など近隣県に既存施設の利用などを要請して実現し、2000億円のコストカットを達成した。

・16年に小池百合都知事が就任すると、パフォーマンスにしかすぎない計画変更をゴリ押しし現場に混乱が生じたが、それを調整し五輪が支障なく開催されるように準備を整えた。

 これらを見る限り、女性差別の思想を持っているどころか、男女平等や多様性を重んじる五輪・パラリンピックの精神に誠に忠実に、しかも国民の負担軽減も踏まえて課題を解決してきたことは明らかである。よく組織委の会長が名誉職だと勘違いしている人がいるが、五輪開催の実行部隊トップとして、森氏は国内外に調整に飛び回り、人脈の広さで近隣自治体の知事などに話を付けたわけで、余人には代えがたい仕事をしたというのは、公平に見て妥当な評価だろう。

 五輪とは離れるが、森氏は日本ラグビー協会の会長を05年から15年まで務めたが、初めての女性理事として稲沢裕子氏(現昭和女子大特命教授)を13年に就任させている。これについて筆者は直接経緯を取材していないので詳しくはわからないが、超男社会であるラグビー協会に女性理事を誕生させたのは、ジェンダーバランス政策的に見て、実績といっていい。稲沢氏は「会議を長引かせた女性として念頭に置かれているのはきっと私だ」と言ってメディアに多く登場したが、裏を返せば「唯一の女性理事を誕生させた」実績でもあることをメディアが報じないのは明らかに不公平だ。

キレイゴトを言うメディアもスポンサー企業も幹部は男ばかり

 筆者が憤りを感じるのは、先述した実績は調べればすぐわかることなのにもかかわらず、新聞、テレビ、雑誌、ネットメディアがこぞって森氏の過去の「失言」などに基づいた非常に一面的な報道に終始したことである。森氏が謝罪した後も、「女性蔑視」「差別的思想の持主」「老害」といった何一つ裏付けのない悪意あるイメージを垂れ流したことは、明らかな報道被害である。

 第一、メディアも、森発言に対する「遺憾」のコメントを発表したスポンサー企業にしても、社長は軒並み男性であり、経営幹部に女性を探すほうが難しい企業ばかりである。今回の問題を厳しく追及し「女性の社会進出」を標榜している朝日新聞は取締役に女性が一人もいないし、読売毎日産経も同じであり、グループのテレビにしてもほぼ同様だ。NHKももちろん、理事12人中1人とご多分に漏れない。女性蔑視云々のテーマで本来、批判する資格はないのは明らかだ。

 スポンサー企業にしても、「誠に遺憾」とするコメントを発表したトヨタ自動車は、取締役9人中で女性は1人、しかもメガバンク出身で生え抜きではない。他も似たり寄ったりである。

 こういう企業は老人を袋叩きにし辞任にまで追い込んだからには、近いうちに取締役の半数を女性に入れ替えるなどの措置をとるのだろう。誰かを追い詰める以上、その言葉にはきちんとした覚悟や裏付けが必要となるのは言うまでもない。

NYタイムズが「国際世論」か?

 今回の問題でもう一つ指摘しておかなければならないのが、森氏の辞任について「国際世論」に配慮したというものである。筆者はいつも思うのだが、この「国際世論」というのは何を指すのだろうか?

 例を挙げると、米紙ワシントンポストが「森会長が女性は会議で話が長くて迷惑(annoying)だと発言」、米紙ニューヨークタイムズは「女性の発話時間の制限を示唆(Yoshiro Mori suggested women’s speaking time in meetings should be limited )」、ロイター通信は「東京大会トップの森会長が性差別発言」としているが、ワシントンポストもニューヨークタイムズも文脈を読んでいない表面的な偏向報道である。別に「制限を示唆」していないし、「迷惑だ」とも言っていない。ロイターの性差別発言については前述のように森氏の意図と世代によるセンスのズレ、これまでの実績を勘案すれば大いに反論の余地がある。

 日本のメディアはニューヨークタイムズやワシントンポストをさも「世界の意見」かのように扱うが、米国ではリベラルや保守などの自らの政治スタンスを表明することが一市民レベルで共通しており、読む新聞も支持政党もそれによって選択される。それに、それぞれの新聞の社論は日本とは比べ物にならないくらい思想的なバイアスを帯びている。ニューヨークなど都市部のリベラル新聞の記事を、さも「中立な論調」かのように扱うのはナンセンスである。

 ⽶国の調査機関ピューリサーチセンターが今年1月に発表した調査によると、ニューヨークタイムズを信頼できる情報源として見ているのは全米で約3割で、民主党支持者および民主党寄りの人の間でも約5割、ワシントンポストも約5割である。つまり、日本の新聞がよく取り上げる米国の2紙は英語マーケットが大きいから国際的に影響力はあるにしても、それが米国内はもちろん、世界的な世論を形成しているかというと相当怪しい。

 21世紀も20年を過ぎたことだし、日本の読者もそろそろ国内メディア業界が流布する貧しい国際感覚の呪縛から逃れるべきである。

森氏に斬りかかれば自分を斬ることになる

 森氏は後任に元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏を指名したが、これまた84歳と高齢だ。結局のところ、現状、⽇本は男性中⼼社会なのであり、ジイサンをトップに⽴てないと物事が収まらない部族社会なのだ。日本人の男性、特に中高年の男性にとって、森氏に斬りかかるということは自分を斬ることでもある。その緊張感もなしに放たれた言葉は単なるクラスメイトへのいじめと同じである。こんなことで自分の子供に果たして「いじめはよくない」と言えるのだろうか。

 筆者は男性だが、本心から女性が社会進出することを望んでいる。理由は簡単で、優秀な人がどんどん偉くなってくれたほうが社会全体に明らかにプラスだし、現状の「男性が働いて家族を食わせる」という根強い価値観が、世の男性を自殺に追い込んでいるからである。

 警察庁がまとめた20年の自殺者の総計は女性が6976人であるのに対し、男性は1万3943人でおよそ2倍程度となっている。2000年以降、こうした傾向は続いており、男性にとっては、自分の命を守るためにも、男女が平等に社会参画できる社会はプラスなのである。もちろん、女性に生まれたというだけで、パートや非正規に就かざるを得ないというのもあまりに理不尽で、一日も早く是正されるべきだ。

マスゴミは猛省せよ

 川淵氏は11日には会長職を受ける意向を示していたが一転、選考プロセスが不透明として受託を否定した。川淵氏にとっては貧乏くじはひきたくないといったところだろうが、後任探しは暗礁に乗り上げている。

 筆者は、83歳の老人が7年間も無報酬で、がん治療をしながら続けたことは文句なしで立派なことだと思う。そして、コロナ禍でのストレスのはけ口として冷静な考察もなしに叩き、発言の意図などを見極めずに世間的に誤解されやすい発言をしたというだけでクビにする社会は貧しいと思う。

 今回のマスコミの報道には、ネット上などでかなりの不満や疑問が唱えられている。アメリカでトランプ前大統領が誕生したのは、「マスコミをはじめとするリベラル層は、言っていることとやっていることが違う」という不満からだった。その結果、社会の分断が起き、現状の混乱に陥っている。筆者は日本がそうなるのは御免こうむりたいだが、日本のメディアは同様の状況を率先して作りたがっているようにしか思えない。記者クラブ加盟メディアだけで10社以上あるにもかかわらず、論調がすべて一緒ということ自体が異常である。

 今回のように日本社会の本質的な問題や、「差別とは何か」についてろくに考えないまま、ミソがついた人間を切り捨てて体面を保とうとする浅い考えでは、世代間のギャップやジェンダーなどの対話が不可欠な重要問題について、公式の場では突っ込んだ議論は何⼀つ⾏われないまま、かえって蔑視や差別がはびこることになるだろう。

 自覚のないマスゴミ、特にワイドショーで害悪を垂れ流す民放テレビは猛省すべきである。

松岡久蔵/ジャーナリスト

松岡久蔵/ジャーナリスト

 記者クラブ問題や防衛、航空、自動車などを幅広くカバー。特技は相撲の猫じゃらし。現代ビジネスや⽂春オンライン、東洋経済オンラインなどにも寄稿している。
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Twitter:@kyuzo_matsuoka

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