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若いケースワーカーに難癖をつけられ…生活保護受給を阻む扶養照会と水際作戦

文=林美保子/ノンフィクションライター
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野洲市では、支援を必要とする人がためらわずに申請できるようにポスターを作成

 コロナ禍の終息が見えない状況が続き、自助努力では踏みとどまることができなくなった人が増えている。

 そんななか、厚生労働省は昨年、「生活保護の申請は国民の権利です。生活保護を必要とする可能性はどなたにもあるものですので、ためらわずにご相談ください」という呼びかけをHPやTwitter上で行った。本来、生活保護は、健康で文化的な最低限度の生活をするために認められる権利である(憲法25条)。にもかかわらず、現実には生活保護にはいくつかの壁が立ちはだかっている。

不正受給などの偏見や底辺層イメージへの抵抗感

 ひとつは、生活保護には、ギャンブルで身を持ち崩したとか、真面目に働こうとしないような人が受給するものだとか、不正受給している人がいるなどという偏見がつきまとう。そのような事例がないわけではないが、あくまでも少数派である。失業保険はだれもが積極的に受給するのに、生活保護となると底辺層という烙印が押されたようなイメージがつきまとい、抵抗感を抱く人は少なくない。

 筆者は昨年、4人のDV(配偶者からの暴力)被害者を取材したが、そのうち3人は離婚後の数年間、生活保護を受給していた。仕事を持つ人でもDV夫との接触を絶つために同じ職場で働き続けることを断念したり、トラウマが原因で心身の不調を来たしたりするからだ。また、ボランティアで心の病を抱えた人たちに関わったこともあるが、彼らは統合失調症など病気のために就職が難しく、生活保護を受給している人が少なくなかった。

 そういう意味では、生活保護は生活を立て直したい人や、仕事をしたくてもできない人にとっては最後のセーフティネットになり得る。

「よくある誤解」が横行している自治体も

 厚労省のHPには、「よくある誤解」として、同居していない親族に相談する必要はないこと、施設に入ることが申請の条件ではないこと、持ち家がある人でも申請できる場合があることが明記されている。

 しかし、自治体によっては、この「よくある誤解」が横行しており、そのために生活保護の申請を断念するケースが少なくない。筆者が昨年4月、『30年も音信不通の家族にも“扶養照会”…生活保護申請者を苦しめ、家族関係を壊す悪習』に書いたように、扶養照会(生活保護申請者の親族に援助ができないかどうか確認する制度)は生活保護申請を阻む大きな要因になっていた。しかし、その後、生活困窮者支援団体の尽力もあり、厚労省は扶養照会を望まない申請者の意思を尊重する意向を示すようになった。

 その一方で、奈良県生駒市ではコロナ禍にもかかわらず、2020年度の生活保護世帯数が15%減少した原因のひとつとして扶養照会の強化を挙げている。「相談に来られた段階で、親や兄弟などに一度相談してという働きかけをして、場合によっては2回目、3回目の相談に同席してもらう」という。これは明らかに、厚労省の方針に逆行するものだ。

 ネットカフェ利用者や路上生活者といった住居を持たない人が生活保護申請に行くと、施設に入所することを申請の条件にする自治体も少なくない。しかし、劣悪な環境の施設が多く、「路上生活のほうがマシ」と生活保護を断念する人もいる。

 また、生活保護は原則的には資産を処分しなければ受給できないが、資産価値のない家屋や、公共交通機関の利用が著しく困難な場合の通勤や通院などは車の保有が認められるケースもある。にもかかわらず、処分ありきという通りいっぺんの説明をするケースワーカーも多い。

経験不足でオーバーワークのケースワーカー

 なぜこのような齟齬が起きるのだろうか?

 生活保護受給者を担当するケースワーカー一人当たりの担当は80ケースが標準とされている。しかし、大阪府下で最も多いといわれている八尾市では一人で133も担当する。同市では一昨年、生活保護担当部署の不適切な対応によって母子餓死事件が起きているが、過度な仕事量が遠因になっているとも考えられる。

 このように、福祉事務所は多忙を極める部署として知られている。にもかかわらず、経験豊富な専門職は少なく、人事異動の一環として行政職や事務職が配置されるのが通例で、職員にとってはできれば配属されたくない不人気の部署となっている。多くは数年経てばほかの部署に移っていくため、個々のケースに応じて適切な判断をするための知識や経験が蓄積されないのが現状なのだ。

「ケースワーカーを育てる土壌がつくられていないと思います。その中で『ウチではこういうやり方をしている』とだれかが言えば、調べもせずに、それが慣習的なローカルルールになってしまう嫌いがあります」と、元・生活保護担当職員は語る。

 こうして生活保護行政は専門性が必要であるにもかかわらず、実際には物理的にも能力的にも力不足のなかで対応せざるを得ないケースが少なくない。

スムーズに生活保護申請をするためには

 なかには滋賀県野洲市のように、「くらし支え合い条例」を施行して、生活困窮者への総合的支援に力を入れている自治体もある。しかし、福祉事務所もケースワーカーも自分で選ぶことはできない。何もわからずにひとりで相談に行くと、水際作戦(申請書を渡さず窓口で追い払うこと)と呼ばれる生活保護費抑制を狙った対応で、体よく追い返されてしまうケースもあるようだ。

 国民年金では暮らしていけないため生活保護の相談に行ったところ、若いケースワーカーに難癖をつけられ、プライドをズタズタにされ、「二度と申請に行かない」と、生活保護以下の厳しい暮らしを続ける高齢者もいる。スムーズに申請するためには、できれば複雑な生活保護事情に詳しい困窮者支援団体や議員などの支援者に同行してもらったほうがいいようだ。

 また、水際作戦防止のためには、一般社団法人つくろい東京ファンドが開発したオンラインで生活保護申請書類が簡単に作成できるウェブサービス「フミダン」を利用すれば、福祉事務所が申請書を渡してくれなくても申請することができる。

 コロナ禍のなか、生活を立て直すために、生活保護を受けることは決して恥ではないと胸に刻もう。

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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