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「なぜ逃げないのか」DV被害者しか知らない、DV加害者の本性と誤解

文=林美保子/ノンフィクションライター
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「gettyimages」より

 最近はテレビドラマのなかにもDV夫がたびたび登場しており、DVの実態が広く知れ渡るようになった。しかし多くの人の認識は「なんとなく」という程度にとどまっているのではないだろうか。DVのメカニズムは複雑で、一般的な常識に照らし合わせた短絡的な見方では本質は見えず、DVと無縁に生きてきた人には理解されにくいという側面がある。面前DV被害者(夫婦間暴力を目撃しながら育った子どものこと)でもある筆者の経験も踏まえて、その一例を紹介したい。

「被害者は男を見る目がなかった」という誤解

 DV加害者は外面がすこぶるいい人が多く、交際しているときに二面性を見破るのは難しい。私の父は酒を飲んではよく暴れた。般若のような顔で目を血走らせ、母に対して口汚い言葉で怒鳴り散らしたり、暴力を振るったりする姿を見て、自分の父は怪物だと思った。ところが翌朝、近所の人に挨拶をするときには一転、人懐っこい満面の笑みを浮かべて、柔和なイメージの人間に変身する。その姿を見て、私は腰を抜かすほど驚いたものだった。

 被害者は、加害者の常軌を逸した姿に精神疾患や人格障害を疑う。私の母も、「あの人は狂っている」と嘆いたものだった。しかし実際には、加害者は特別な人ではなく、外では人当たりもよく、他人の立場に立ってものを考えることもできる常識人として社会に溶け込んでいる。豹変する姿は母と子どもしか知らないのだ。離婚の際には、DV夫の巧みな話術に調停委員や調査官もだまされ、被害者にとって不利な結果になることも珍しくないという。

 また、暴力が始まるのは結婚してすぐ、とは限らず、出産やマイホーム購入、昇進などがきっかけになることもある。私が取材した面前DV被害者によると、彼女が小学生のときに、突然DV家庭になってしまったという。

「被害者にも悪いところがあるから、殴られるのではないか」という誤解

「姉にも悪いところがあったと思うよ。夫婦問題は片方が一方的に悪いということはないのだから」

 まだDVという概念がなかった1971年当時、叔父は母の離婚を一般論で片づけた。しかし、これは夫婦が対等なパートナー関係にある場合の解釈だ。DV夫の特徴として、自分は一国一城の主=支配者であり、妻は自分の所有物、従属する人間ととらえている。「俺を怒らせる」から、「家の片づけができていない」から、DV夫は妻を責める。そこには、家事は妻が行うべきものという固定観念があり、協力しあったり、話し合ったりするという考えは存在しない。仮に妻に落ち度があったとしても、暴力以外の解決策はあるはずだ。

「俺を怒らせる」というのはDV夫の常套句ではあるが、私の父を見ていても、母に対して怒る基準があるわけではなかった。いつ、どんなことで怒り出すのか見当がつかない。最初は、そのとき気に食わなかったことを責め立て、責めるネタが尽きても気持ちがおさまらないと、10年前まで遡って責め続けた。つまり、怒りたいから怒っているのにすぎないのだ。八つ当たりをしている面もあったように思う。

「どうして逃げないのか」という誤解

 DV防止法の改正によって、DVという概念には身体的暴力のみならず精神的暴力や性暴力もDVに含まれることになった。しかし、現時点では警察に訴えて保護してもらえるのは身体的暴力に限定されている。

 DVの本当の怖さは精神的暴力であるといわれている。精神的DVというのは配偶者間のモラルハラスメントを示し、身体的暴力と違い、被害者がおかしいと気がつくまでに時間がかかることが少なくない。「子どもから父親を奪ってしまうのではないか」などと迷っているうちに、加害者による恐怖を伴う支配によって、じわじわと心が蝕まれ、自尊心や判断力を失っていく。しまいには、被害者は逃れようとする努力さえできなくなる精神状態に追い込まれることがある。これを学習性無力感という。

 一度は愛した男なのだから、「いつか結婚前のやさしい彼に戻るのではないか」「子どもができたら変わるのではないか」などという希望を持つこともある。私の母は、「20年間DVに耐えてきたのは、3人の子どもを養う自信がなかったことと、歳をとったら夫も少しは温和になるのではないかと思っていた」と言った。

「女性だけの支援は差別」という誤解

 4月、DVや性被害、生活困窮などに直面する女性への支援を強化する法案がまとまったという内容の記事がネットに掲載されたとき、次のような反論コメントが散見された。

「加害者は男性、被害者は女性というのは決めつけ」

「女性に限定する意味がわからない。男女平等に扱うべき」

 確かに、憲法は男女平等を謳っている。しかし、現実には、固定的な性別役割分担を反映した慣行や意識がいまなお根強く存在している。日本のジェンダーギャップ指数は調査対象となった156カ国のうちの120位と下位にある。

 もちろん、DV被害者は女性だけではない。しかし、コロナ禍で女性の貧困が浮き彫りになったように、総じて男性のほうが身体的にも経済的にも社会的にも優位にある。特にシングルマザーの生活困窮は深刻で、厚労省の調査(平成28年度)によると、父子家庭の平均年収420万円に対し、母子家庭は243万円とかなり差がある。

 ある記者が生活困窮状態にあるシングルマザーを取材したところ、そのほとんどがDV被害者だったという話もある。実際、私が取材した中にも育ちざかりの子どもを抱えながら、DV後遺症のために体調を崩して仕事ができない状態に陥り、生活保護を受けていた被害者が何人もいた

 なかには、「暴力を振るった加害者に罰と支払いをさせればいい」というコメントもあったが、そう簡単な話ではない。いまのDV防止法では接近禁止命令などに違反した場合の罰則にとどまっている。加害者からの支払いを求めることができるのは子どもの養育費くらいだが、強制力はない。もともと日本の支援体制は他国に比べれば遅れている。女性ならではのリスクを自己責任で片付けるのは、あまりにも酷な現実がある。

(文=林美保子/ノンフィクションライター)

林美保子/ノンフィクションライター

林美保子/ノンフィクションライター

1955年北海道出身、青山学院大学法学部卒。会社員、編集プロダクション勤務等を経て、執筆活動を開始。主に高齢者・貧困・DVなど社会問題をテーマに取り組む。著書に『ルポ 難民化する老人たち』(イースト・プレス)、『ルポ 不機嫌な老人たち』(同)、『DV後遺症に苦しむ母と子どもたち』(さくら舎)。

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