「今年4月に各種の制限が解除されてから、客足は一気に戻りました。特にゴールデンウィーク(GW)はすごかったですね。久しぶりになんの規制もないGWとなり、お客さまが次々に来店されました」(焼肉チェーン店の事業責任者)
「ロードサイドにある当店は、このところ好調で、東京都内にある店のなかでも屈指の集客数となっています」(ファミリーレストランの店舗スタッフ)
今月、相次いでこんな話を聞いた。まだ油断はできないが、外食各店もようやく光が見えてきたようだ。
とはいえ、コロナ禍で大打撃を受けた業界なので、厳しい時期からさまざまな取り組みを進めていた。今回は取材で得た各事例を紹介し、同時に起きた消費者意識の変化もお伝えしたい。「環境が変われば顧客ニーズも変わる」例として参考になれば幸いである。
2020年の外食市場規模は前年比69.3%
まずは次の数字をご覧いただきたい。
「令和2年(2020年)外食産業の市場規模:18兆2005億円」(前年比30.7%減少)
これは業界団体の日本フードサービス協会が2021年12月に発表した数字だ。コロナ禍初年の2020年に発令された緊急事態宣言、自治体の営業時間短縮要請、それに伴う外出自粛、さらに活発だったインバウンド(訪日外国人)の入国制限も加わり、来店客が激減。その結果、2019年に比べて1年で3割減、7割規模に市場が縮んだのだ。
発表数値の中身で見ると、全体の約7割を占める「営業給食」(飲食店、宿泊施設など)が前年比29.0%減だった。その飲食店の内訳では「食堂・レストラン」(ファミリーレストラン、一般食堂、専門料理店等)が同28.5%減、「そば・うどん店」(立ち食いそば・うどん店含む)同26.9%減、「すし店」(回転寿司を含む)が同18.3%減、ファストフードのハンバーガー店、お好み焼き店を含む「その他の飲食店」が同1.4%減だった。
ホテルや旅館での食事や宴会など「宿泊施設」はより深刻で、同46.0%減となった。
前述したように、最近の飲食店は回復基調にあるが、単月度はともかく通年ではコロナ以前の数字には戻っていない。まず、この全体像を基に話を進めたい。
持ち帰り人気で「唐揚げ店」が増えた
外食各社も手をこまねいていたわけではない。さまざまな異業態に進出した。
2020年に起きたのは「唐揚げ専門店」のオープンラッシュだ。東京都内の駅前商店街などを中心に、小規模で持ち帰り主体の唐揚げ店が次々にできた。当時、筆者も専門家に取材した。
「鶏の唐揚げは、外食・中食のどちらでも対応できるオールラウンドな食材です。しかも食事の惣菜だけでなく、おやつでも利用され、味のバリエーションも豊富です」
人気の秘密をこう解説し、「もともと人気総菜だったが、自宅で食事をとる回数が増え、弁当や総菜としての注目度がさらに増した」と教えてくれた。
店が林立した理由には、「原価率の低さ」「調理の簡単さ」「出店費用」もあった。
唐揚げに使う鶏肉は、牛肉や豚肉に比べても安い。小売店の精肉売り場の価格でも実感するだろうが、大量に使う業務用はさらに仕入れ値が安価だ。調理も難しくなく「調理経験のないアルバイトでも、コツを覚えれば入店初日からできるほど」だという。また「出店費用」も小規模店が多く、単品調理なので大掛かりな厨房機器も必要ない。
現在は過当競争だが、今年になって筆者の事務所近くにも唐揚げ店ができた。20代から40代の来店客も目立つ。まだまだ運営側にとって魅力が大きいようだ。
大手が存在感を示す「ハンバーガー」に進出
大手チェーンが圧倒的な存在感を示す、ハンバーガー業態に進出する例も相次いだ。
たとえば居酒屋チェーンが、都心のビジネス街にハンバーガー店を出店した例がそうだ。都心ビジネス街には、気軽に食事ができる店が少ないエリアもある。この店では、昼はハンバーガー店、夜はスポーツバーの二毛作(昼と夜で業態を変える手法)にした。
二毛作として知られる成功事例は、昼はカフェ、夜はバーとして運営する「プロント」だ。長年人気だったが、同店もコロナ禍では夜の集客に苦労した。
二毛作は昼と夜の客層が異なり、常連客が増えれば期待できるが、日本には欧米のようにスポーツバーが根付きにくい一面もある。とはいえ、野球居酒屋で40年近く営業し、常連客に支持される店もあるので期待したい。
レストランチェーンがハンバーガー業態に進出した例もある。イートインの座席も備えるが、売り上げの中心はテイクアウトやデリバリーだ。
各社で事情は違うが、業態単体で収益を上げることに加えて、異業態の店を経営することで、運営ノウハウを得る意図もあるようだ。後者の場合は「出店の簡素化とテイクアウト率の高さを学んだ」という。
非接触を重視した手法も増えた
ここまでは店の業態を紹介したが、ここからはコロナ禍での消費者意識の変化と、それに対応した事例をお伝えしたい。
たとえば、感染リスクを避ける風潮となり、店に行っても非接触意識が高まった。
そこでレストランチェーンが新たに手がける、1人客にも対応するカジュアル店では、来店客がタブレット端末を使い、注文する形式を採用した。コロナ前からファミリー客中心の店では多かったが、コロナ禍でさらに進んだのだ。今回、こんな声も聞いた。
「タブレットで注文なのはいいですね。個人的には1人で食事する際は、店員さんに注文する際、ちょっと恥ずかしい気分になるので気がラクです」(20代の会社員女性)
同店では支払い時の会計もお客が精算機で行うようにした。ラーメン店などは昔から事前に自動販売機で食券を買う方式が定着していたので、お客が慣れれば効率化につながる。フルサービスのきめ細やかさよりも機能性を重視したといえよう。
ありそうでなかった話では、「コーヒー豆の自販機」を設置した例もあった。カフェチェーンとして人気のこの会社は、競合に比べてコーヒー豆がよく売れる。ただし、店の営業時間終了後は、お客もコーヒー豆が買えない。自販機ならいつでも買えて便利だが、見方を変えれば、これも非接触型なのだ。
来店客の“引き”が早くなった
今後どうなるかはわからないが、人流が戻った現在でも目立つのは、繁華街における夜のお客の引きの早さだ。各企業を取材する際に聞いても、みんな口を揃えて指摘する。
「昼の客足は戻りましたが、夜の客足はまだ厳しい。お客さんも早く帰る習慣が根付いたように感じます」(横浜市内の人気とんかつ店店主)
「コロナ前のように、終電近くまで飲み続ける人は減りました」(都内の人気居酒屋店主)
「ウチは24時までの営業ですが、来店客のピークは21時頃まで。21時を過ぎると落ち着き、客席を待つ人数も少なくなります」(都内の焼肉店)
仕事仲間と会食する肌感覚でいえば、都心の繁華街も22時以降はコロナ前に比べて歩く人が減った印象だ。各種の制限が続いていた自粛期には、こんな話も聞いた。
「それまで夜の外食が連日続く生活をしてきましたが、自粛ムードとなり自宅で過ごす夜が増えました。夜、1人で過ごす時間はこんなにあるのだな、と感じています」(会社経営者の男性)
ファミレスが勃興して半世紀
実は、本来であれば2020年以降は、外食業界にとって華やぐ年になる予定だった。
1970年、大阪で万国博覧会が開催された年に、ファミリーレストラン「すかいらーく」(東京都府中市)が開業。翌71年「ロイヤルホスト」(福岡県北九州市)が開業した。
当時は高度経済成長期。この頃から日本人の食生活も大きく変わり、現代につながる食文化が定着していったのだ。その後に両店は成長し、「デニーズ」を加えて「ファミリーレストラン御三家」と呼ばれた時代もあった。ちなみに「マクドナルド」の日本1号店は1971年、「モスバーガー」1号店は1972年だ。各社が50周年の記念行事ができそうな時に新型コロナウイルスの直撃を受け、ムードは一変した。
だが、嘆いていても仕方ない。外食産業の持ち味のひとつは「変身力」だ。各ブランドが開業当時の軸足を残しつつ、中身は進化させてきた例にも学びたい。
「現時点では会食も少人数になり、家族や友人など、より大切な人と来られる傾向になっています」(焼肉店)
こんな声も最近聞いた。消費者の意識は大きく変わったが、楽しく外食したいという思いは変わらない。「吟味した外食」になった現在、消費者の思いに合致した店が選ばれている。
(文=高井尚之/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
高井 尚之(たかい・なおゆき/経済ジャーナリスト・経営コンサルタント)
学生時代から在京スポーツ紙に連載を始める。卒業後、(株)日本実業出版社の編集者、花王(株)情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。出版社とメーカーでの組織人経験を生かし、大企業・中小企業の経営者や幹部の取材をし続ける。足で稼いだ企業事例の分析は、講演・セミナーでも好評を博す。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。これ以外に『なぜ、コメダ珈琲店はいつも行列なのか?』(同)、『「解」は己の中にあり』(講談社)など、著書多数。