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訪問介護事業者ゼロ自治体が100超の衝撃…介護崩壊を食い止める“次の一手”は?

2025.11.04 2025.11.04 00:43 経済

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●この記事のポイント
・訪問介護事業者の倒産が過去最多を更新し、全国で「介護空白地帯」が拡大。過疎地では採算が取れず人材確保も困難に。
・政府は支援策を進めるが、報酬制度や構造的課題の解決には至らず。テクノロジー活用や新規参入が注目される。
・AIやIoTによる効率化、自費サービスとの組み合わせなどで再生の可能性も。介護を「産業」として再設計する動きが始まっている。

「うちの町ではもう訪問介護を頼めない」。そんな声が、全国の中山間地域で現実のものになりつつある。厚生労働省や東京商工リサーチによると、2025年上半期(1~6月)における訪問介護事業者の倒産件数は過去最多の45件に達した。しかも、2023年の通年件数(37件)をすでに上回っている。

 訪問介護とは、要介護認定を受けた高齢者の自宅に介護職員が訪問し、入浴や食事、排泄の介助などを行う仕組みだ。

 しかし、報酬は“1回ごとの訪問”に対して支払われるため、長距離移動を伴う過疎地では採算が取れない。利用者が少ない地域では、常勤職員を2.5人配置しなければならないという法的要件も重くのしかかる。

 結果として、全国100以上の自治体では、訪問介護事業者が1社も存在しないという“介護空白地帯”が生まれている。

●目次

採算が取れない構造──「人件費は上昇、報酬は横ばい」

「倒産が相次ぐ最大の要因は、収益構造の脆弱さにある。介護報酬の基本単価は訪問時間に応じて設定されているが、燃料費や人件費、事務コストの上昇を反映しきれていない。

 例えば、30分未満の訪問介護1回で事業者に支払われる報酬は約2500円。そこから職員の給与、移動時間分の賃金、車両や燃料費を差し引くと、1回の訪問あたり利益は数百円以下ということも珍しくない。都市部であれば1日に複数件を効率よく回れるが、地方では1件の移動に30分以上かかることも多い。

 加えて、深刻なのは人材不足の連鎖だ。『採算が取れないから雇えない』『人がいないから受けられない』──その悪循環が、介護崩壊の前兆となっている」(経済ジャーナリスト・岩井裕介氏)

 また、星槎道都大学社会福祉学部准教授の大島康雄氏もこう指摘する。

「新卒で介護の仕事に就いた人の離職率が高いという状況は以前から変わっていません。食事や入浴のサポートなどルーティン業務が大半で、現場では“効率的な介護”が優先されるため、熱意を持って入ってきた若い人が、やりがいを感じにくいという理由が大きいように思えます」

 一方で、需要は確実に増え続ける。厚労省によると、2040年には75歳以上人口が約2200万人に達する見通し。特に地方では施設への通いが困難な高齢者が増え、訪問介護のニーズは急拡大する。

 だが、供給が伴わなければ「訪問介護を受けたくても受けられない」高齢者が続出し、医療・福祉全体の負担が増大する。寝たきりのまま放置される高齢者が増えれば、医療費・介護費の総額が跳ね上がることは必至だ。つまり、訪問介護の崩壊は“財政問題”でもある。

政府の支援策──効果は限定的か

 こうした状況を受け、政府は2026年度の概算要求で訪問介護支援の予算を計上した。
主な内容は以下の通りだ。

・管理者経験のあるアドバイザーの派遣
・参入事業者への電動自転車購入費の助成
・訪問回数に応じた補助金制度の導入検討

 一見すれば現場支援のように見えるが、制度の本質的課題──採算性と人材確保──には届いていない。多くの専門家は「アドバイザー派遣や小規模補助だけでは、根本的な解決にならない」と口を揃える。

 採算が取れないといわれる訪問介護業界にも、例外的に黒字経営を続ける事業者が存在する。共通するのは、テクノロジーと多角化戦略の巧妙な組み合わせだ。

(1)移動最適化AI+パートタイム人材の融合
 ある関西の訪問介護事業者は、AIを活用した訪問ルート最適化システムを導入し、移動時間を平均25%削減。さらに、地域の主婦層やシニア層をパート登録制で活用し、柔軟なシフト設計を可能にしている。結果、採算性を地方でも確保できた。

(2)オンライン記録システムによる事務効率化
 別の事業者では、音声入力+クラウド連携で報告書作成の手間を削減。現場スタッフの残業をほぼゼロにしたことで離職率も改善した。このシステムはスタートアップが開発したSaaSを用いており、導入費は年間数十万円規模だという。

(3)訪問介護×見守りIoT
 東京の一部企業では、高齢者宅に設置したIoTセンサーを用いて、転倒検知や生活リズムの異常をAIが分析。訪問頻度を最適化し、スタッフの負担を軽減している。この分野では、見守りAIを開発する「Hello Technologies」「ミツフジ」「エイジテック系スタートアップ」が注目を集めている。

参入の可能性──スタートアップが狙う「介護の隙間市場」

 実は、介護業界にテクノロジーで新風を吹き込む企業は少なくない。たとえば、以下のような領域で新規参入が進行中だ。

・介護マッチングプラットフォーム:個人事業主の介護人材と高齢者家庭をマッチング(例:カイテク、ユアマイスターCareなど)

・AIスケジューリング:利用者と職員のスケジュールをAIが自動最適化(例:エス・エム・エス、パナソニックHCAI)

・訪問+遠隔モニタリング型モデル:IoTで健康データを取得し、訪問回数を削減する実証実験が複数進行中

 こうした企業群は「介護の効率化を支えるBtoB型スタートアップ」として、投資家の注目も集めている。

「採算が取れない」は思い込み?──新たな収益モデルの模索

 訪問介護が“儲からない”とされるのは、介護保険報酬に全面依存しているからだ。しかし、最近では自費サービス(保険外)とのハイブリッドモデルで収益を確保する動きも見られる。

 たとえば、介護以外にも買い物代行や掃除、庭の手入れなどの生活支援をセットにすることで、1件あたりの単価を倍増させる事例もある。高齢者の孤独対策として、訪問時の「会話サポート」や「デジタル教室」などを有料オプション化する動きも出てきた。

“介護”を「生活支援サービス産業」として再定義することで、新しい市場が広がる可能性があるのだ。

 このまま事業者減少が進めば、最悪のシナリオはこうだ。

・自治体単位で「訪問介護ゼロ地域」が拡大
・介護施設への入所希望者が殺到し、待機者が急増
・病院が「社会的入院」で満床化、医療崩壊が加速

 この連鎖は地方だけの問題ではなく、都市部でも独居高齢者の孤立死リスクを高める。
社会保障費が膨張し、地域経済が疲弊する悪循環が起きる可能性もある。

 しかし、同時に希望もある。AI、IoT、地域共助の仕組みが融合すれば、訪問介護は“再設計可能な社会インフラ”になり得る。

 たとえば、電動モビリティで移動コストを削減し、IoTで遠隔見守りを自動化。地元スーパーや郵便局と連携して「ついで訪問」を仕組み化すれば、コストは半減する。さらにAIが訪問ルートを最適化し、ドローン配送などと組み合わせれば、地方でも持続可能なモデルが実現する。

 自治体や民間企業、スタートアップがそれぞれの強みを活かして“介護の地域OS”を再構築する──その先に、日本の超高齢社会の新しい形が見えてくる。

 訪問介護の崩壊危機は、裏を返せば“未開拓市場”のシグナルでもある。採算性をテクノロジーと新しい発想で覆せば、そこにビジネスチャンスが生まれる。

 単なる福祉ではなく、持続可能な地域産業としての介護。それを実現できるのは、既存プレイヤーだけではない。テック企業、モビリティ企業、地場スーパー、郵便事業者──すべてがこの新産業の担い手になりうる。

「訪問介護が使えない町」を放置するのか。それとも「誰もが支え合える社会」を設計し直すのか。いま、日本はその岐路に立っている。

(文=BUSINESS JOURNAL編集部)